「この捜査は違法だ」匿名の公益通報――警視庁で〝犯人捜し〟が始まった。機能不全に陥る自浄作用…組織のための通報はないがしろ

2025/05/20 06:27
「大川原化工機」や「兵庫県知事」の問題を報じる南日本新聞の紙面
「大川原化工機」や「兵庫県知事」の問題を報じる南日本新聞の紙面
 鹿児島県警の元・生活安全(生安)部長(61)が県警の不祥事を記した文書を札幌市のフリーライターに郵送し、職務上知り得た秘密を漏らした疑いで逮捕、起訴された事件は、「公益通報」に当たるかどうかが争点の一つになる。元生安部長は「野川明輝(前)本部長が職員の犯罪行為を隠蔽(いんぺい)しようとした」と主張。県警側は全面的に否定し、公益通報と認めていない。連載「検証 鹿児島県警」の第4部は、事件の背景や類似事案から公益通報の現在地を探る。(連載・検証 鹿児島県警第4部「公益通報の現在地」③より)

 2023年10月、警視庁に匿名のファクスが届いた。横浜市の機械メーカー「大川原化工機」の社長らが、軍事転用可能な装置を不正輸出したとして外為法(無許可輸出)違反容疑で警視庁公安部に逮捕された事件。この捜査が違法だったという内容だった。

 一連の事実をつかみ、毎日新聞で連載を続けてきた遠藤浩二記者(42)によると、ファクスしたのは現職の警察官。その後、警視庁は警察官とメールでやり取りするようになると、電話連絡や身分確認を執拗(しつよう)に迫ったという。

 遠藤記者は「犯人捜しだ」と断じる。「警視庁の関係者は『そんなことをしている場合じゃない』と憤っていた。組織のための通報がないがしろにされた」

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 事件を巡っては、公安部が20年3月に社長らを逮捕した。しかし、東京地検は21年7月、犯罪かどうか疑義が生じたとの理由で起訴を取り消す。大川原化工機側は「立件ありきの違法捜査だった」として同9月、国家賠償を求めて東京都と国を東京地裁に提訴した。

 警視庁にファクスが届くより4カ月前の23年6月、東京地裁の法廷でも“告発”があった。公安部の捜査員が「まあ、捏造(ねつぞう)ですね」と証言したのだ。同社の代理人として尋問した高田剛弁護士(52)は「閉ざされた組織ほど勇気ある一歩を踏み出しづらいはず。『捏造』という強い表現に覚悟を感じた」と振り返る。

 地裁は同12月、公安部と地検の捜査の違法性を認め、都と国に賠償を命じた。現在は東京高裁で控訴審が続く。

 高田弁護士は組織の問題として、鹿児島県警にも着目しているという。「守秘義務違反と公益通報が整理できていない。公務員の通報こそ、国民の知る権利のためにも真っ先に保護されるべきだ」

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 組織による公益通報の「犯人捜し」が行われ、「違法」と認定されたのは兵庫県だ。

 24年3月、県幹部だった男性が、県知事のパワハラ疑惑などを列挙した文書を関係者や報道機関に配った。県側は告発した男性を特定し、停職3カ月の懲戒処分とした。

 この経過について、第三者委員会は今年3月、男性の告発文書は公益通報に該当し、通報者捜しを進め、懲戒処分としたのは、公益通報者保護法などに反し違法と判断した。

 内部告発に詳しい上智大の奥山俊宏教授は、鹿児島県警を巡る問題と重ね、「トップの不正を訴えた組織の幹部が、それを理由に、トップが主導する組織挙げての調査であぶり出され、不利益な扱いを受けた構図が同じだ」と指摘する。問われるのは自浄作用で、県警については「監察官を本部長の下に置くのではなく、独立性と第三者性を抜本的に高めるべきだ」と提言する。

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