垂水史談会員の説明を聞きながら、宇喜多秀家の潜居跡を視察する岡山市議ら=垂水市牛根麓
関ケ原の戦いに敗れた岡山城主・宇喜多秀家(うきた・ひでいえ)が2年3カ月かくまわれた鹿児島県垂水市牛根麓の潜居跡を、岡山市議6人が訪れた。秀家を主人公としたNHK大河ドラマの誘致を目指す活動で、地域に伝わる歴史を聞き取り、史跡の整備状況を視察した。
秀家は豊臣政権の五大老の一人。関ケ原の戦い後、同じ西軍の有力武将だった島津義弘を頼り鹿児島へ逃れた。義弘は牛根麓の有力者だった平野家に秀家の身辺警護を命じたという。
視察団は15日、平野家を訪ねた後、垂水市教育委員会や垂水史談会の案内で潜居跡を見学。秀家が滞在中に毎日参詣したとされる約3キロ離れた居世(こせ)神社にも立ち寄った。
岡山市議会の岡崎隆議員は「潜居跡が今でも地域で大切にされ、きれいに整備されていることに驚き、うれしく感じた」と話した。案内した垂水史談会の川崎あさ子副会長(76)は「関ケ原の戦いから400年以上たった今もこうして縁がつながり、歴史が息づいていると感じる」と語った。
宇喜多家は五大老の中で唯一大河ドラマで取り上げられておらず、岡山市などが官民連携して誘致に動いている。「戦国宇喜多家を顕彰する会」が2023年11月に立ち上がり、特設サイトでドラマ実現に向けた署名を集める。秀家に縁がある垂水市を含む岡山県外の5市町も会員に名を連ねる。