胎児の状態をエコーで確認する内村産婦人科の内村道隆院長=6月、鹿屋市
少子化の影響で、鹿児島県内で分べんを取り扱う医療機関が減少している。県産婦人科医会によると、2017年から今年7月までに6カ所減り、36施設になった。うち15カ所が鹿児島市に集中し、28市町村に出産に対応した病院・診療所がない。厳しい経営状況に加えて医師の高齢化も進み、将来的に“空白地域”が広がる恐れがある。
「おなかに赤ちゃんがいる中、往復2時間運転して産科に行くこともあった」。4月に鹿屋市で出産した南大隅町の女性(35)は、妊娠中の不安を明かした。
妊娠判明後に近くで産科を探すと、どこも車で片道1時間以上かかった。月1~2回の定期健診は基本、夫が付き添ったが、夫の都合が悪い時は自分でハンドルを握った。子どもは無事に生まれたものの、「初めての出産で両親も近くにいない。何かあったらと怖かった」と振り返る。
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24年の人口動態統計(概数)で県内の出生数は8939人。1万人を割った23年から929人減り、この10年で約5000人減少した。
枕崎市の森産婦人科は23年7月、分べんの取り扱いをやめた。森明人院長(68)は「新型コロナウイルス禍で出産数が激減した。年に300件はないと採算は取れないが、22年度は220件。21年から年間2000万円の赤字が2年続き、限界だった」と明かす。
鹿児島市でもいまきいれ総合病院が8月から分べんの取り扱いを休止する。少子化で診療体制や運営維持が難しく、常勤の産科医が確保できないという。再開の見通しは立っていない。
追い打ちをかけるのが医師の高齢化だ。鹿屋市の内村産婦人科は周辺市町からも妊婦が受診し、年間100件超の分べんを扱うが、後継者はいない。
内村道隆院長(70)は「産科医は妊婦と胎児の状態が急変した場合に備え、24時間態勢が求められる。体調を考えると5年続けられるかどうか。経営が厳しく、承継もできない」と語る。
エリアの大隅小児科・産科医療圏は、1助産所を含む計5施設が出産に対応する。そのうち内村産婦人科など3診療所が分べんの約8割を担うが、別の診療所の医師も70代で後継者がいないという。
ハイリスクの妊婦は鹿屋医療センター(鹿屋市)が受ける。県認定の地域周産期母子医療センターで、鹿児島大学病院(鹿児島市)から派遣された産科医4人と助産師12人が勤務。24年度は170件の分べんのうち96.5%がハイリスクだった。
湯淺敏典院長(55)は「診療所の閉院などで、対応できなくなった低リスクの出産はセンターがカバーしていきたい。婦人科もあるので人手の確保が重要になる」と話す。
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細る産科医療の現状に対し、県は「医療・行政関係者でつくる年1回の県周産期・小児医療協議会で対策を検討する」との立場だ。県子育て支援課の今和泉俊郎参事は「分べん業務に携わる医療者の手当や遠方の病院に通う妊婦への交通費補助に取り組みながら、関係機関と意見交換を続けていきたい」と語る。
県の姿勢に医療者からは不満が漏れる。鹿児島市の開業医の60代男性は「地方では診療所1カ所が閉院すると“お産難民”が出る恐れがある。年1回の会議では間に合わない。県は危機感があるのか」と憤る。
県産婦人科医会の榎園祐治会長(69)は「身近な場所で出産できないと、若者が都会に流出し、人口減少が加速する」と指摘。「産科医やスタッフの確保も難しい。数年先を予測して対策をとるために、自治体と医療関係者で専門の検討会をつくって議論するべきだ」と話す。
◇出産と健診を分担全国で導入広がる
全国では出産の集約化に伴い、妊婦健診は身近な診療所、出産は地域の中核病院で分担する「セミオープンシステム」の導入が広がっている。
宮城県は2005年度からシステムを導入し、仙台市を中心に取り組む。医師の外来負担が減り、妊婦の利便性も向上するなど効果が出ているという。
同システムでは、分べんを扱わない診療所が33週までの健診を担当。34週以降の健診から出産までは病院が引き受ける。妊婦には妊婦と胎児の健康状態を記した「共通診療ノート」を配り、医療機関で情報を共有する。緊急時は出産予定の病院が優先的に対応する。
仙台市医師会によると、同市の分べんを取り扱う6施設と扱わない約40施設が連携。同市のほか、石巻市などシステムを導入した4地域で、24年度は2672件の利用があり、県全体の分べん数の2割に上った。
分べんを取り扱う仙台市立病院の担当者は「妊婦には身近な場所で健診を受けられる安心感や大きな病院よりも待ち時間が短いメリットがある」と説明する。
鹿児島県周産期・小児医療協議会も17年度から、同システムや、診療所の医師が病院を利用して分べんに立ち会う「オープンシステム」の導入を検討。大隅小児科・産科医療圏がモデル候補になったが、出産対応を続けたい診療所の医師がいて導入が見送られたという。
県子育て支援課は「他県の事例も研究しながら、丁寧に議論を進めたい」としている。