「我方の不利を招けること大なり」黙殺報道に落胆した東郷 ポツダム宣言が出た7月、川内の少女は爆撃で左足を失い、80年癒やされない傷を負う(連載・「終戦へ 東郷手帳とかごしまの民」②より)

2025/08/02 14:00
日本が少しでも有利な条件で終戦できるよう、指導層は1945(昭和20)年6月から、広田弘毅元首相を通じてソ連側に仲介を求めた。全国で空襲が激化し、食糧難も深刻…

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