「くれないの塔」を清掃する住民ら=奄美市名瀬のらんかん山
急患用血液を輸送中の墜落事故で亡くなった隊員ら13人を供養する鹿児島県奄美市名瀬の「くれないの塔」で6日、清掃作業があった。地域住民ら約50人が参加。63年前の悲惨な事故の継承を誓った。
事故は、1962年9月3日に発生。くれないの塔が立つらんかん山に海上自衛隊鹿屋第1航空群の航空機が接触し、炎上した。清掃作業は奄美大島青年会議所が毎年開いており、参加者は石碑を磨いたり、落ち葉を集めたりした。
墜落前の機体を目撃した同市名瀬柳町の間明弘さん(68)は「住民に血液を届けられずに隊員も無念だったと思う。継承のために今後も参加を続ける」。福島幸樹青年会議所理事長(33)は「離島の医療体制をみんなで考えるきっかけにもしていきたい」と話した。
7日には名瀬小学校体育館で慰霊式もあった。奄美市は事故があった9月3日を「献血の日」としている。