「もし今、クマに遭遇したら?」あなたの街にも忍び寄る秋の“アーバンベア”、“命を守る”対処法を専門家が解説

2025/10/28 09:00
車道のツキノワグマ_撮影:向井貴志さん
車道のツキノワグマ_撮影:向井貴志さん
 連日のように耳にするクマ出没のニュース。年々、山から市街地に下りて来る“アーバンベア”は増加し、中には人慣れしたクマもいるなど、クマ問題は新しいフェーズに入っているという。人身被害も増え、ネット上には玉石混交の情報が溢れる中、もし“自分が“出会ってしまったらどうしたらいいのか。クマ達が冬眠に備え食いだめをする“飽食期”となっている今だからこそ知っておきたい正しい対処法とクマに対する知識を専門家・立山カルデラ砂防博物館の白石俊明さんに聞いた。

【写真】クマの猛攻撃、生き延びるための減災姿勢「首ガード・うつ伏せ法」

■秋のクマは“食欲の鬼” 出産控えたメスは体重1.4倍に

 近年、クマ出没のニュースとともによく耳にするようになった“アーバンベア”。その名のとおり、山林から下りて市街地周辺に出没するクマのことだ。

 今やその姿は、住宅街や通学路、防犯カメラの中にまで現れるようになった。

 とくに注意しなければいけないのが、冬眠前の秋。「例年なら11月いっぱい、今年は12月上旬までは気をつけなければいけない」と白石さんは警告する。

「秋のクマは、冬眠や冬眠期に出産するために、大量に食べる“飽食期”となります。冬眠前のツキノワグマは平常時の体重の1.4倍になるという論文もあります。40kgのクマなら16キロ増えて56kg程になるということ。そのくらいたくさん食べなければいけないので、食べ物に対する執着心は生半可ではありません。一度食糧にありつけ美味しい思いをすると、そこは良い場所だと学習し、再来してしまうという悪循環に陥ります」

 山の実りが悪く飢えたクマたちは、少しでも多くの食べ物を求めて、徐々に人の生活圏へと足を踏み入れるようになった。

 日本に生息するクマにはヒグマとツキノワグマがいるが、ヒグマは北海道に、ツキノワグマは東北地方や中部地方では6割以上の地域、関東・近畿・中国地方では3割程度の地域と四国の限られた山地に生息。白石さんによると、近年はツキノワグマの分布域(生息地の面積)は拡大していて、人身被害も2000年以降、高止まりの傾向にあるという。冬眠・出産などクマのライフサイクルだけでは語れない、クマが山から市街地に現れる理由についても見ていきたい。

 発端は昭和30年代に起きた燃料革命にあると白石さんは解説する。

「高度経済成長期にエネルギー源が石油や天然ガスに変わり、薪炭の需要が急速に縮小したことで、それまで人が入って木を伐採していた山が荒れ放題となり、クマの生息地域が拡がり始めました。それに加え、過疎化によってかつて人の生活圏と大型哺乳類の住処の緩衝地帯となっていた里山が消滅し、市街地の家の軒下まで森が続いているような状態になってしまったんです」

 さらに「猟犬を伴って山で狩猟する人たちが高齢化により減ってしまったことも要因のひとつ」と白石さん。クマにとって人や犬を恐ろしい天敵と学ぶ機会が激減減したために、人里に近づくハードルが大きく下がり、そこで生活するうちに人馴れが進み、行動がどんどん大胆になっている個体が増えているというのだ。

■突然、目の前に! クマ遭遇時に大声を出すのは禁物、電柱に隠れる“木化け法”も効果的

 生態も生息環境も以前とは大きく異なるいま、クマに出会ってしまったらどんな行動をとればよいのか。白石さんは「まずは避難。決して背を見せて走ってはいけない」と注意喚起する。

「まず、速やかに物陰に隠れる、または安全な場所に避難することです。その時、決して背中を見せて走ってはいけません。クマは人間を獲物ととらえて狩りをするという習性は持っていませんが、犬と同じ様に走って逃げるものを追いかける習性があります。クマと向き合い、しっかりクマの行動を確認しながら、ゆっくり後ずさりして、隠れてください」

 後ずさりする際に、「クマと目を合わせてはいけない」という情報もあるが、「クマは人間ほど目がよくないため、目が合っても威嚇されたと感じることはおそらくない」と白石さん。また、後ずさりするとき、傘を持っていたら、クマのほうに向けて開くのも自分の身体を大きく見せることができ、防御法として有効だという。
 この対処法は、近くでクマに出会ったときだけ有効なわけではない。「遠くにクマを見つけたときも決して走ってはいけない」と白石さんは力説する。というのもクマの移動速度は短距離世界記録保持者のウサイン・ボルトよりも速いというのだ。

「クマが本気で走ったら、時速40kmか50kmと言われています。これは1秒間で11~15mくらい間を詰められてしまうということ。クマとの距離が30mなら2秒以内、50mなら3秒以内に建物へ逃げ込まない限り、追いつかれてしまいます」

 隠れる場所は、市街地であれば、「電柱や道路標識や街路樹の後ろでじっとしているのがもっとも有効」だそう。

「“木化け法”というのですが、木に化けることによって、クマが人を認識できなくなる効果が期待できます。クマも人に出会って気が動転している状態です。人を見失うことによって落ち着き、遠ざかってくれる可能性があります。隠れる場合、自分の身体が全部隠れなくていなくても大丈夫です。ただし、隠れている間は手足をバタつかせるとバレてしまうので、じっとしていてください」

 クマを落ち着かせるという意味では、出会った瞬間、「大声を出すのも禁物」だという。

 一方、家の中からクマを見つけたら、警察か消防署、自治体へ通報するとともに、「カーテンを引いてほしい」と白石さん。

「クマは物陰に隠れる習性があるので、ガラス窓の中を薄暗い藪や物陰と誤解してしまう可能性があります。カーテンを閉めて、ここは壁だよと教えてあげることで、室内へ飛び込んでしまうのを防ぐことができます」

■襲われたときは“減災”を最優先 「死んだフリ」ではなく「首ガード・うつ伏せ法」が命を守る

 しかしもし、それでも襲われてしまったら……。

「一番は地面にうつぶせになり、両手を組んで首の後ろをガードする“首ガード・うつぶせ法”をとることです。北米では古くから推奨されていた防御姿勢で、日本国内でも秋田大学の医学部がクマに襲われた70人中この防御姿勢をとった7名は重症化しなかったというエビデンスを示しています。噛まれるとか怪我をすることをゼロにするのではなく、重傷を軽傷ですませる姿勢であり、“命を守る姿勢”です」

 先の白石さんの話にもあるとおり、クマは人間を捕食する習性はない。それだけに、「戦おうとするのは危険」と白石さんは警鐘を鳴らす。

「ニュースで、クマに襲われそうになったけれど、走って家の中に逃げ込んだらいつの間にかクマがいなくなっていたとか、巴投げして撃退したとか、顎にパンチしたら助かったという事例を聞いたことがあるかもしれませんが、それらはクマが本気で攻撃をするつもりはなかった、一撃だけ加えて逃げていくつもりだった可能性が高いです。というのも、クマは相手を威嚇するために突進だけして、攻撃せず引き返してしまったり、地団太を踏んで相手を脅したりする“ブラフチャージ(威嚇突進行動)”をします。“ハッタリ攻撃”とも言うのですが、クマにはそういう習性があるということを知っておいていただき、くれぐれも命を守るためにクマを興奮させるような行動には出ない、走って逃げないでいただきたいと思います」

 ところで、クマ避けといえば、登山者が利用しているクマ鈴も有名だが、本当に効果があるのだろうか。

「クマ鈴やラジオは、人間の存在を知らせる道具として有効です。日本哺乳類学会の研究発表でも、クマ鈴や人の話声に反応し、動物が立ち去ったり、隠れるなど行動を変えることが証明され報告されています」

 クマ鈴を「クマが嫌いな音」と勘違いする人もいるが、そうではなく、鈴の音はあくまでクマに人間がいることを知らせる“事前通告”。クマを撃退するなら、「強烈な刺激成分を長距離で噴射するクマ撃退スプレーが、唯一、一般の方が使える道具だ」と白石さんは断言する。しかし、「購入の際には気をつけてほしいことがある」という。

「今、効果が証明されていない製品がひじょうにたくさん出回っています。アメリカの環境省にあたる環境保護庁が認証しているEPA登録製品であることを判断基準にしてください」

■共存の難しさを抱えつつも、クマがいるから美しく咲く“春の桜”

 その他、クマの被害を避けるために、白石さんは以下の注意点もあげてくれた。

「柿の木や栗の木などの果樹を放置しないこと。犬や猫のフードを玄関先や物置、納屋に放置しないこと。農家なら収穫した米や糠、牛や豚や鶏の飼料を放置しないこと。さらにエコな取り組みとして生ごみを堆肥化するコンポストが推奨されていますが、これもクマを引き寄せる要因となります」

 海外の研究ではクマの臭覚は犬の7倍との結果もあることも覚えておきたい。

 イノシシやシカも含め、野生動物とのゾーニング(棲み分け)ができなくなり、被害が増えている日本。一度崩れた生態系を戻すためには時間がかかるが、そもそも後から入ってきて、環境を激変させたのは人間。他国では人への被害をなくすべく、クマを絶滅させた事例もあるが、日本はこれまで里山の緩衝地帯を活用するなどうまく共存し、先進国では類をみない“クマの多い国”となった。しかも白石さんによると「春に山肌を彩るヤマザクラが咲くのは、クマや鳥が果実を食べて、実タネを山に蒔いてくれたから」。クマは美しい景色を作り、森の多様性を保つ重要なメンバーでもあるのだ。

 それだけにクマとの共存をめざす白石さんは、まず第1に、「クマが嫌いと言っている人たちにクマがいてもいいと言ってもらうこと」、そして第2に「いて良かった」、さらに第3に「いて当たり前」と感じてもらえることを目標に掲げている。

「この目標を達成するためには人身事故をゼロにすることが必要です。そのためには、皆さんに“自分事”と捉えていただき、誘引物を除去しヤブを刈り払うなど引き寄せない環境を作り、正しい防御法を身につけ、クマの行動域や生態を最新情報へ常にアップデートする、“常識改革”をしていただきたいと思います」

 最近は捕獲や捕殺だけでなく、自動撮影カメラとAI判別でクマを認識し、防災無線と連携させるなど、早期警戒に注力している自治体も。11月いっぱいから12月上旬まで続く豊食期に加え、3~4月には冬眠から目覚めたクマが、4月下旬から5月上旬は子連れのクマが出歩く時期。クマは一年中、身近なところで暮らしている。正しい知識を持って正しく恐れたい。

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