“特攻の特攻”義烈空挺隊の真実に迫る 破壊した米機の写真展示 鹿児島・知覧平和会館

(2020/07/21 14:30)
沖縄の飛行場で義烈空挺隊に破壊された米機の残骸=1945年、米側撮影(知覧特攻平和会館提供)
沖縄の飛行場で義烈空挺隊に破壊された米機の残骸=1945年、米側撮影(知覧特攻平和会館提供)
 終戦75年の特別企画展「父の遺言-義烈空挺隊の真実」が、知覧特攻平和会館(南九州市)で開かれている。隊員らの遺書や初展示となる米側の写真を通じ、“特攻の特攻”と呼ばれた切り込み部隊を多面的に伝える。9月30日まで。

 義烈空挺隊は1945年5月、米軍に占領された沖縄へ熊本から重爆撃機12機で出撃。飛行場に強行着陸し米機や施設を破壊、航空特攻を後方支援する作戦だった。4機が不具合で突入を断念。1機が着陸を果たしたが7機は撃墜されるなどし、合わせて隊員112人が亡くなり、米側も死傷者が出た。

 企画展では、米国立公文書館から2019年度入手した資料を紹介。重爆撃機や米機の残骸写真のほか、降り立った隊員が手りゅう弾などで破壊した様子など米側の記録を集めた。隊員の一人が幼い子たちに「父ハ スガタコソミエザルモ イツデモオマヘタチヲ見テイル」と片仮名で記した遺書も展示する。

 伊佐市出身の隊員の遺筆もある。千葉県の会社員、千葉章嗣さん(48)は「子どもに残したメッセージに心を打たれた。父親の一人として、いつの時代も子を思う気持ちは同じだと気付かされた」と話した。
義烈空挺隊が残した遺筆の巻物を見学する来館者=南九州市の知覧特攻平和会館
義烈空挺隊が残した遺筆の巻物を見学する来館者=南九州市の知覧特攻平和会館