時計 2020/10/17 15:00

感染公表の企業名 「原則記事化」に葛藤 突きつけられた「情報は誰のものか」〈コロナと報道 ③〉

従業員の新型コロナウイルス感染を知らせる企業ホームページの一部と、スマートフォン画面(画像は一部加工しています)
従業員の新型コロナウイルス感染を知らせる企業ホームページの一部と、スマートフォン画面(画像は一部加工しています)
 鹿児島県で新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が初めて確認されたのは7月上旬だった。鹿児島市天文館で人気のショーパブ。それまで10人程度だった県内感染者は3桁に急増、コロナ禍がどこか人ごとだった街の空気は一変した。

 感染者は各地に広がり、企業や事業所は従業員に感染が出た事実を公表した。多くは自社のホームページ(HP)上だった。

 公表された情報をどう報道するか。当時はコロナの正体が判然とせず、底知れぬ不安が広がっていた。さらなる市中感染を防ぐため、南日本新聞は「キャッチした情報は全て取材し、原則記事化する」との方針を決めた。
 今村仁報道本部長(56)は「企業のHPを見ていない人は多い。感染抑止のため必要な情報を伝えていくことが責務だと考えた」と説明する。

 ただ、現場には戸惑いもあった。全ての企業HPを確認するのは現実的に難しい。記者が把握できた分だけを報じれば、掲載された企業には不公平感が生じる。

 情報をつかむのが遅れて掲載を見送る例もあり、「原則記事化」とはいえケース・バイ・ケースで総合的に判断するしかなかった。

 取材に対し、新聞掲載を望まない企業もあった。風評被害が広がるのを恐れてだ。電話先で報道の必要性を説明しても納得してもらえないところには直接足を運んだこともあった。

 ある経営者は「誹謗(ひぼう)中傷に苦しむ従業員や家族の気持ちが分かるか。記事は勘弁してほしい」と譲らず、結局は折り合えなかった。思いは痛いほど分かったが、不特定多数の出入りがある事業所だったため、記事にした。

 初のクラスター発生から3カ月。コロナは知見が蓄積し、厄介なウイルスではあるが、「共存可能な存在」に変わりつつある。

 7月にHPのみで従業員の感染を公表した企業に改めて話を聞いた。「公表することで企業としての社会的使命を果たすと同時に、後々判明して隠ぺいしたと批判されるリスクを避けたかった」。担当者は危機管理の側面があったことを明かした。

 感染者を巡る一連の取材は、企業の情報開示の在り方と、報道機関として「ネット情報に基づく取材はどうあるべきか」「公開された情報は誰のものか」という問いを突きつけた。

 「情報は社会の公共財」と言われるが、企業名を報道したことが正しかったのか、果たして県民の欲する情報だったのか、いまだに自信はない。報じるとは何か、悩みながら答えを見つけていくしかない。