時計 2020/11/12 20:00

排便を失敗、食事とらない最愛の妻 その顔を「手がしびれるぐらい」たたき死なせた夫 自宅介護9年半、抱え込んだ孤独

男は周囲の助けをほとんど借りず、9年半にわたり単身介護を続けた(写真と記事は関係ありません)
男は周囲の助けをほとんど借りず、9年半にわたり単身介護を続けた(写真と記事は関係ありません)
〈人間スクランブル かごしま法廷傍聴記〉

 「妻に対しては本当に申し訳なかったと思う」

 傷害致死の罪に問われた60代後半の男は、裁判長から最後に言っておきたいことがないかを尋ねられ、謝罪の言葉を口にした。上下黒のスーツ姿。裁判所から補聴器を借りて連日の公判に臨んだ。

 男は2010年から、右半身不随で寝たきりの妻を自宅で単身介護。19年7月、そんな妻が思うように食事を取らないことに腹を立て、顔を平手で複数回たたいて死なせた。「自分の手がしびれるくらいの強さ。死ぬとは思ってなかった」と語った。

 中学卒業後、就職と進学のため大阪へ。17歳のころ、1歳年上の妻と職場で出会った。美しい容姿に引かれ、交際を始めたときは「天にも昇る気持ち」だった。20歳で結婚し、長男が誕生。その2年後、家族3人で故郷に戻った。

 それから35年がたった09年、妻が脳梗塞で倒れた。「1人での生活は耐えられない」。病院から施設に預けることを勧められたが、トラック運転手の仕事を辞めて介護に専念することを決意した。過去にギャンブルで数百万円を借金し、「迷惑を掛けてきた」との思いもあった。

 介護施設の通所リハビリを週3回利用。それ以外の時間は、妻の食事や排便など日常生活のほぼ全てを1人で世話してきた。献身的に介護を続けてきたが次第に疲れも出始め、12年ごろから短期入所(3泊4日)も月2回ほど利用するようになった。

 そのころ、介護施設の職員が妻の体に不自然なあざを確認。連絡を受けたケアマネジャーらは度々注意した。16、17年ごろには頻繁にあざが見つかり、関係者らが対応を協議したこともあった。それでも男は「妻と離れて暮らすことに耐えられない」と、自ら介護することを望んだ。

 「介護そのものは好きだった。便以外は―」。男は被告人質問で排便の世話の苦労を繰り返した。食事後などにポータブルトイレに座らせても思い通りにいかず、ベッドを汚してしまうことが多々あった。「妻が自分でコントロールできないと分かっているが、瞬間的に手が出てしまう」

 そして19年7月中旬の朝。男は昨晩に続き、食べ物を口に詰め込んだ妻を2、3発たたいた。その後、顔なじみの常連客らに会うため近くのパチンコ店へ出掛けた。夜に帰宅すると妻の意識がなくなっており、10分ほどで心臓の鼓動が止まった。「ごめんね。またやってしまった…」。ベッドの傍らで語り掛けた。消防への通報は翌日未明になってからだった。

 「9年半にわたり懸命に介護をする中、被害者の行為にストレスを募らせ、犯行に至った点は同情の余地がある」。裁判員らはそんな男に対し、実刑ではなく執行猶予付きの判決を選択。社会で更生すべきと判断した。

 裁判長は最後に、審理を担当した裁判官や裁判員のメッセージを読み上げた。「自分の介護の負担を減らせば、このような結果にならなかった。素直に他人に頼ることも考えてほしい」

 男は警察に逮捕されて以来、5カ月ぶりに最愛の妻と過ごした自宅に戻ることになった。「ありがとうございます」と頭を下げ、法廷から去って行った。