時計 2020/12/13 10:00

蟄居中の岩倉具視、薩摩藩士への書状発見 孝明天皇急逝「血涙止まず」 鹿児島県立図書館公開へ

岩倉具視(国立国会図書館ウェブサイトから)
岩倉具視(国立国会図書館ウェブサイトから)
 明治政府で中枢を担った岩倉具視(1825~83年)が、京都郊外の岩倉村に蟄居(ちっきょ)中、ひそかに薩摩藩士に書き送った手紙が見つかった。鹿児島県立図書館(鹿児島市)が所蔵しており、これまで知られていない新資料。孝明天皇の急逝を嘆く一方で、「薩摩があるから安心」とつづり、天皇中心の新国家建設を目指す強い意志をにじませている。18日から同館で開く、貴重資料紹介展で公開する。

 書状は慶応3(1867)年1月11日付で、公家との窓口役だった薩摩藩士・井上長秋に宛てたもの。前年12月の孝明天皇の死を受けて「血涙止(や)まず、ただただ途方に暮れるのみ」と胸の内を吐露。盟友の大久保利通や、京都で政治工作にあたっていた高崎正風(まさかぜ)ら他の藩士にも伝えるよう依頼している。

 岩倉の書状はもう一点あり、「薩摩と長州を討伐しなければ国内の平穏は訪れないと、外国が幕府に忠告している」と薩摩側に報告。また、「大久保に面会したい」と繰り返し記すなど、二人の親密な関係がうかがえる。

 いずれも、同館所蔵の「高崎正風関係資料」の公開に向けた資料を選ぶ中で発見された。幕末期の岩倉の新資料が見つかるのは極めてまれで、選定にあたった黎明館の崎山健文・学芸専門員は「岩倉の孝明天皇への期待と、(急死による)落胆ぶりがうかがえる貴重な資料。自分の考えを率直に表現する人柄もよく分かる」と話す。

 同資料は、明治政府で御歌所(おうたどころ)の初代所長を務め、歌人として著名な高崎に関する書状や和歌草稿など約2500点。

 幕末期の資料では、奄美に遠島となっていた西郷隆盛について、高崎が島津久光を説得して許された経緯が分かる文書(1863年)や、小松帯刀が高崎に宛てた書状も残る。

 貴重資料展では、幕末維新期の高崎に焦点を当て、岩倉や小松の書状など計7点が初公開される。