2021/06/19 12:30

手足の震え、2度の流産… 水俣病との診断は特措法申請締め切り後だった 国賠訴訟提訴から8年 コロナ下で長引く心理、原告は1400人超に

開廷前の集会で早期救済を訴える弁護団や浜崎エミ子さん(右から2人目)=2日、熊本市の熊本地裁前
開廷前の集会で早期救済を訴える弁護団や浜崎エミ子さん(右から2人目)=2日、熊本市の熊本地裁前
 水俣病特別措置法の救済から漏れた鹿児島、熊本両県の人たちが国などに損害賠償を求めて熊本地裁で争う集団訴訟は20日、第1陣の提訴から8年となる。原告は当初の48人から1434人に増え、うち半数超の742人が長島町や出水市など鹿児島県内に暮らす。平均年齢が72歳を超え早期救済を求める中、新型コロナウイルス感染拡大などの影響で審理が長引いている。

 「せっかく授かったわが子を立て続けに亡くし、絶望しました」。2日、熊本地裁の法廷に立った阿久根市折口の浜崎エミ子さん(80)は、声を絞り出すように生い立ちを陳述した。

 4歳から同市に住み、漁師の親戚と売れ残った魚を分け合い食べた。就職先の紡績工場ではうまく手を使えずに怒られてばかり。手足のこむら返りや震えに苦しんだ。結婚後、2度流産した。

 民間病院の医師に水俣病と診断されたのは、特措法の申請が締め切られた後。法の存在すら知らなかった。元漁師の夫重雄さん(85)も同市で生まれ育ち、兄ら親族は特措法で救済された。自身もめまいなどに長年苦しんでおり、夫婦で原告に加わることを決めた。

 原告は、旧長島町や阿久根市など特措法による救済対象の地域外だったり、申請が間に合わなかったりした人が大半だ。国や原因企業チッソなどに1人当たり400万円の損害賠償を求め2013年に集団提訴した。出身者が大阪、東京の各地裁でも裁判を起こし、熊本を含めた3地裁の原告数は1600人を超す。既に原告本人が140人亡くなった。

 原告側弁護団によると、熊本地裁では当初、一部原告の22年3月判決を目指した。だが熊本地震やコロナの影響に加え、「水俣病ではない」との国側の反論が予定より長引き、1年以上延びる見通し。現段階で判決時期は見通せない。

 30年以上にわたって水俣病裁判に関わる園田昭人弁護団長=霧島市出身=は、特措法に基づく住民健康調査が実施されない限り、被害の真相は分からないと訴える。「水俣病と言えば劇症型のイメージが強いが、重症から軽症までさまざま。軽症といっても一人一人の人生にとっては大きなダメージだ」と強調した。

水俣病特別措置法

 国の水俣病認定基準より幅広く被害を認めた2004年の関西訴訟最高裁判決以降、救済を求める被害者が急増したため09年7月に成立、施行された。救済対象と判断した被害者に、一時金210万円や医療費を支給するとした。ただ原則として患者多発地域で一定の居住歴がある人に限られ、出生時期も制約が設けられた。12年7月末の申請終了までに鹿児島県内では1万9971人が申請し、4428人が棄却された。