再懇談で発言する伊藤信太郎環境相=8日午前9時40分、熊本県水俣市のもやい館
水俣病被害者と伊藤信太郎環境相との懇談で、環境省が被害者側の発言中にマイクを切った問題を巡り、両者の溝は浮き彫りとなった。関係の再構築や被害者の救済、公害を繰り返さない社会を実現するために必要な視点は何か。ポジショナリティ(位置性)の概念で不平等や格差の社会的構造を研究する大妻女子大学の池田緑准教授に聞いた。
-マイクオフ問題は防げなかったのか。
「国民の大半が水俣病に関心を持ち国の対応を注視する状況であれば起きていないだろう。日本中の人が広く薄く利益を受け、その代表者が国だ。国と被害者以外の人を切り離して考えるべきではない。被害者は水俣病から逃げられないが、それ以外の人は無関心でも生活できる。このこと自体が特権だ」
-水俣病の被害者以外が得る利益とは。
「原因となったメチル水銀は酢酸エチルなどの製造に必要な原料を作る中で発生する。酢酸エチルはインキ、香料など幅広く使われる。メチル水銀の被害を受けずとも便利な生活を送れていることが利益だ」
「救済に充てる費用が削られるほど水俣病以外の事業や給付金に投じる行政資金が増え、被害者以外の人の豊かな生活につながる。税金が原資となる救済に、どれだけ投じるかは国民の総意に委ねられる」
-水俣病問題をどう見るか。
「水俣病には『被害者』と『被害者以外の日本に生きる人』という決定的な立場や位置(ポジション)の違いがある。環境保全より経済成長を優先し、(熊本県)水俣市周辺に公害という形で被害が集中した。その犠牲の下、便利な生活や公害の教訓を得るなど日本中が恩恵を受けている。利益を得る側と損害を受ける側という対立構造がある」
「集団間の権力関係が個人の関係や選択にも影響を与える。利益を得る側というポジションにいることを自覚せずに行動すると、善良な人でも無意識に人を傷つけてしまう」
-被害者でなくとも問題意識を持って行動している人はいる。
「個人的な行為自体は素晴らしい。しかし、個人の価値観と集団的な利害関係の構図は別。どの集団に帰属するかは自らの意思では決められず、利益を得ることを拒否しようとしてもできない。水俣病に理解があっても問題解決による構造変化がない限り、利益を得る側の立場は揺るがない」
-再懇談の意義は。
「社会的構造を変える上で重要なのは、位置の違いを認識した上でコミュニケーションを取ること。被害者の声をじっくりと聞く場になることは意味がある」
-差別や格差をなくすことはできるのか。
「水俣病では被害者であっても、男性と女性など別の関係性では抑圧する側になり得る。差別や格差をポジショナリティの視点から考えると必ず問題の構造に自分が含まれる。自身の責任も問われるため、その現実を突き付けられることを嫌がる人が多い」
「全員が当事者で利害の中にいると認識することがスタートだ。権力のある側は、被害側の訴えさえも都合の良い声だけ選別できる。ポジションによる利害関係は社会的な意思の帰結、長年の営みの結果だ。それを理解し格差をなくす意見が多数派になれば構造は変わる」
■ポジショナリティ 性別や国籍、年齢といった社会的集団や社会的属性によって生まれる利害関係がもたらす位置性。さらに自らが帰属する集団の利害によって個人が負う責任のあり方を指す。集団間の権力関係と利害が、個人とどのように結びついているのかを明らかにする。
〈略歴〉いけだ・みどり 1968年生まれ。富山県出身。専門は社会学、ジェンダー論、コロニアリズム研究など。慶応大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。