大阪地検の検事正だった北川健太郎被告が、部下だった女性に対する準強制性交罪に問われている裁判の初公判で、起訴内容を認めて謝罪した。
初公判や被害者の記者会見によれば事件後、被告は組織を守るためとして女性に対し口外しないよう求め、隠蔽〔いんぺい〕を図ったという。検察官は基本的人権を尊重し、犯罪被害者の声に耳を傾けるべき存在だ。地検トップ(当時)の地位を背景にした性犯罪が行われた衝撃は大きい。検察は責任を明確化して、再発防止を図るべきだ。
閉廷後に被害女性が記者会見し、自らを「現職の検事」と明かした。声を震わせながら「私自身の経験を話すことで、ほかの被害者に寄り添うことができれば」と思いを語った。性被害に苦しむ人に泣き寝入りを強いる社会へ向けた悲痛な告発だった。投じた一石に応えなくてはならない。
2018年9月、職場の懇親会で飲酒し、酩酊〔めいてい〕状態になった女性が乗ったタクシーに、被告が強引に同乗した。官舎に連れ込み、眠っていた女性に性的暴行をした。
途中で意識を取り戻した女性は拒んだが、被告は「これでお前も俺の女だ」と言って加害行為を続けた。女性への差別意識や支配欲をあらわにした発言だ。そうした人権感覚の持ち主が捜査機関で登用されていたことは見過ごせない。被告は検察の枢要ポストを歴任し「関西検察のエリート」と言われていたという。組織の体質にも疑念が湧く。
被告は「公にされたら死ぬ」「検事総長以下が辞職に追い込まれ、組織として立ち行かなくなる」と女性を脅していたという。事実であれば、卑劣極まりない。
女性はフラッシュバックや心的外傷後ストレス障害(PTSD)で苦しみ働けなくなり、今年に入り被害申告した。現在は休職中だ。元々、性犯罪に苦しむ人の力になりたいと考えて検事になったという。涙をこらえ「所属先のトップから被害を受け、検事としての尊厳を踏みにじられた」と話した。
世界で女性が性的被害を訴える「#MeToo」(「私も」の意)運動などが契機となり、性暴力が心身に与える深刻なダメージや、多くの被害者が声を上げられない実態が知られた。男性中心の社会の構造の中で性犯罪は矮小〔わいしょう〕化されがちだ。被害者側に落ち度があったように言われるなど「二次被害」も受けやすいことが背景にある。
女性が会見を開いたのは、性犯罪を許さないという信念からだろう。明らかな犯罪行為であるにもかかわらず、なぜ被害者が沈黙を強いられねばならないのか。同意のない性行為は暴力である。あなたは何も悪くない、という当然の認識を広めなければならない。