米大統領選は、共和党候補のトランプ前大統領が返り咲きを決めた。
「アメリカを再び偉大にする」のスローガンを掲げたトランプ氏は、虚偽も交えて国民の不安をあおり現政権の批判を繰り広げた。民主党候補のハリス副大統領は「過去には戻らない」を旗印に当初勢いを見せた。米国で初めて女性の大統領が誕生する歴史を今度こそ世界が目の当たりにするかと思わせたが、最終盤に失速した。
選挙を通して伝わったのは、政策論争よりも互いの批判合戦だ。銃撃や爆破予告など異なる意見を力で封じようとする政治的暴力の横行も目に余った。「民主主義の伝道者」を自認する超大国の姿は影を潜めた。
米国の政治分断がいかに深いかを改めて知らしめる結果である。トランプ氏は銃撃事件の後、「米国の半分ではなく社会全体のため」に再挑戦を目指すと訴え、党派を超えた結束を訴えたこともあった。相手を打ち負かす争いに終止符を打ち、分断の修復を図る時だ。
「強いリーダー像」
選挙戦では7月にトランプ氏に対する暗殺未遂事件が発生した。トランプ氏は耳から血を流しながら星条旗の下で拳を突き上げ、強いリーダー像を強く印象づけた。一方、再選を目指していた現職バイデン大統領に対しては高齢不安が強まり、撤退に追い込まれた。後継候補となったハリス副大統領は「未来のために闘う」と若さを強調し浮上した。バイデン氏に対する高齢批判が自身に跳ね返ったトランプ氏は、インフレや不法移民問題に焦点を当て現政権の「失敗」を強調した。最終盤に来て、世論調査は拮抗〔きっこう〕していた。
両候補の描くビジョンは対照的だった。移民2世で中間層出身のハリス氏は米社会の多様性を象徴する。公約は最低賃金引き上げや住宅購入支援と低中所得層を重視した。銃暴力対策、人工妊娠中絶や性的少数者の権利を擁護し「基本的な自由」がかかった選挙と位置付けた。
トランプ氏は富裕層育ちで親から受け継いだ不動産業で名をなした。企業減税や関税強化を公約の柱に掲げた。「移民が仕事を奪う」と社会の不安をあおった。
人工妊娠中絶などには慎重で、リベラル化を懸念するキリスト教福音派や、グローバル化に取り残された労働者層を取り込んだ。
選挙を巡っては、ネット受けを意識したと見られるフェイク動画やデマ、陰謀論が飛び交った。「不法移民が犬や猫を食べている」というトランプ氏の虚偽主張は典型的だった。大国を率いようとする人物によるなりふり構わぬうそや人種差別的な発言には失望しかない。大統領としての人格と資質に疑問符を付けざるを得ない。融和を掲げたハリス氏も結局、「民主主義の脅威」とトランプ氏への個人攻撃を強めたのは残念だった。
民主党支持者、共和党支持者それぞれ混じり合うことのない「二つの米国」があると識者は指摘する。加えてトランプ氏は勝敗を分ける激戦州などで、「変化」への期待を集めたようだ。それだけ高インフレによる生活苦への不満が高まったのが背景だろう。
内向き志向に懸念
外交面では同盟国との連盟を重視したハリス氏に対し、トランプ氏は勝利演説でも「米国第一に考えることから始める」と明言した。アメリカが再び内向き志向を強めることに、懸念が高まる。温暖化対策や安全保障など、世界的な課題は選挙で大きな争点にならなかった。新政権が関与を減らすようなことのないように、日本はじめ国際社会の姿勢が問われる。
ウクライナやガザの戦火については「すぐに終わらせる」と豪語。ロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相ら各国首脳との個人的関係を誇示した。ウクライナでは一部領土の放棄を迫り、和平交渉を進める可能性もある。強権的な首脳を利することなく、これ以上人道危機を悪化させない対応が望まれる。
同盟国には防衛費増額を求める方針を示す。日本に再び米軍駐留経費の負担増を求める可能性は高い。南西諸島で米軍と自衛隊の運用一体化が進むさなかである。石破茂首相は、米国がどう臨むのかを慎重に見極め、対応策を冷静に練るべきだ。
前回大統領選でトランプ氏は「民主党が不正行為で勝利を盗んだ」と陰謀論を吹聴。支持者による2021年1月の連邦議会襲撃など4事件で起訴された。
共和党は、大統領選と同時に行われた連邦議会選挙でも上院で過半数を確保した。第1次政権ですでに、最高裁判事の保守化にも成功している。トランプ氏が大統領となった際の強権に対する抑止力は心もとない。米国政治は、極めて危うい時代を迎えるといえる。