衆院選を契機に「年収の壁」を巡る議論に注目が集まっている。年収の壁とは、収入が一定の基準を超えると、税金や社会保険料の支払い義務が生じることを指す。
「年収の壁」を超えると、「働き損になる」とのイメージがあり、わざわざ働く時間を短くする傾向につながってきた。最近は企業の人手不足の要因とされている。
国民民主党が引き上げを主張する「103万円の壁」のほか、106万円、130万円といった壁がある。見直すに当たって各党にはそれぞれの意味を国民に周知し、丁寧に進めるように求めたい。政権や政党の目先の人気取りに終始せず、税制や社会保障の全体像を見据えた議論が必要だ。
「103万円の壁」引き上げは、衆院選で国民民主党が手取りを増やす政策として掲げ、関心を高めた。与党との政策協議の焦点となっている。
現在は年収が給与所得控除額の55万円と基礎控除額48万円の合計103万円を超えると、所得税を支払わなければならなくなる。この場合の控除とは収入のうち、一定額を非課税とする措置をいう。
所得税は103万円を超えた部分にかかるため、年収104万円だと、課税対象は1万円で税額は500円となる。税が発生しても手取りの実質的な逆転現象が起きるわけではない。「働き損」には当たらないはずだ。
ただ実際は、世帯主の扶養に入っている配偶者や子の年収が103万円を超えると企業などの家族手当から外れるケースがある。世帯単位で収入が減るのを避けようと、パートやアルバイトが働く時間を抑える一因となる。
106万円と130万円は、社会保険料に関する年収の壁だ。会社員や公務員に扶養される配偶者は「第3号」被保険者として、一定の年収を超えない限り保険料を負担せずに年金受給資格を得られている。
従業員51人以上の企業で働く場合、106万円に達すると厚生年金と健康保険に入り保険料を負担することになる。手取りは崖のように急に減る。従業員50人以下の企業では130万円に達すると、国民年金や国民健康保険の保険料支払いが発生する。
5年に一度の年金制度改革の一環で、厚生年金加入の要件「106万円の壁」撤廃に向けた検討も始まっている。年収に関係なく厚生年金に加入すれば、老後の給付は手厚くなる。働き控えがなくなり、人手不足の解消につながるとの期待もある。
何が働く障壁になるかは単純ではなく、世帯構成や勤め先によって異なる。働き方は個人の選択だが、働くのが損になるといった考え方が先行していないか。現状を踏まえ、公正な制度のあり方を考える機会としたい。