ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシアによる占領地の一部は武力ではなく外交で取り戻す考えを示した。「ウクライナの誰もがこの戦争を終わらせたいと考えている」「領土ではなく、人命が最優先だ」とも語った。
2022年2月のロシアによる侵攻以降、ゼレンスキー氏は「全領土奪還まで戦い続ける」と国民を鼓舞し、徹底抗戦の姿勢を貫いてきた。この旗印を事実上降ろし、現実路線にかじを切る意思表示にみえる。
国際社会はこの潮目を見逃してはなるまい。ウクライナの人々の意思を踏まえた上で、戦闘収束の機運醸成に努める必要がある。
ゼレンスキー氏は共同通信の単独会見に応じ、ロシアが14年に併合したクリミア半島を含む一部の占領地について「わが軍は奪い返す力が欠けている」と率直に認めた。自国軍兵士の戦意をそぎかねない発言だが、戦況の推移と今後の展望を考え合わせて選んだ言葉だろう。
軍事大国との消耗戦は千日を超え、ウクライナは東部戦線でじりじり押し込まれている。戦況の転換は望めないまま現実味を失いつつある領土奪還に固執すれば、欧米の支援や支持を失う恐れがあるのは確かだ。
来年1月に次期米大統領に就任するトランプ氏は「就任後24時間以内に戦争を終わらせる」といった発言を繰り返してきた。ロシアのプーチン大統領と親密な関係にあるとされ、米国が現在と同様にウクライナの最大の支援国であり続けるとは限らない。
ゼレンスキー氏は領土の妥協の前提として北大西洋条約機構(NATO)加盟を望む。だが、ハードルは高い。
そもそもロシアの侵攻の理由は、ウクライナのNATO加盟構想を阻む目的があったとされる。プーチン氏が譲歩に傾くとは考えにくい。NATO側もウクライナ加入に否定的な意見が根強い。ロシアとの戦争に巻き込まれる恐れがあるからだ。トランプ氏の政権移行チームでは加盟を棚上げする案が検討されている。
ウクライナ軍は先月、米国製の長射程ミサイルでロシア領内を攻撃した。ロシアは報復として最新の中距離弾道ミサイルを発射した。核弾頭も搭載可能な強力な兵器だ。ゼレンスキー氏は北朝鮮が約1万2000人の兵士をロシアに派遣しており、今後「数万人」規模で派兵するとの見通しを示した。
戦闘は激化と拡大の一途だ。長距離ミサイルの撃ち合いになれば、それぞれの支援国も加わった戦争への拡大が現実味を増す。
いかにプーチン氏を交渉のテーブルに着かせるか。「戦後」の安全保障体制をウクライナにどう提示するか。困難な道を切り開く国際社会の知恵が求められている。