社説

[高額療養費]患者の負担増憂慮する

2025年12月10日 付

 公的医療保険には、重い病気や大きなけがで医療費が膨らんでも安心して医療が受けられるよう、自己負担に一定の歯止めをかける「高額療養費制度」がある。政府は、この自己負担の上限額を引き上げる検討を始めた。
 制度は患者の家計を破綻させないためのセーフティーネットで、国民皆保険の根幹といえる。引き上げ額によっては、必要な医療を受けるのをためらう患者が出かねない。
 現役世代を中心とした保険料の負担を軽減する狙いという。高齢化が進み、増大する医療費の抑制を検討するのは理解できる。だが病気やけがと向き合いながら生きる選択を支える仕組みを弱体化させることにならないか、憂慮する。
 医療機関で治療を受ける患者は原則、医療費の1~3割を自己負担する。ただ1カ月の負担には、年収に応じて上限がある。70才未満で5区分、70歳以上で6区分設けられている。
 70歳未満で真ん中の区分である年収約370万円~770万円の場合、医療費が月100万円かかったとすると、実際の支払いは8万7430円となる。治療が長引き1年間に3回利用すると、4回目からはさらに下がるなど患者に手厚い。
 引き上げ幅について政府は、7~16%を軸に調整している。現行制度に見直した2015年当時と比べ、世帯主の収入が7%、世帯全体の収入は16%それぞれ増加したのが理由だ。支払い能力に応じて、区分をよりきめ細かくすることも協議している。
 年収約370万円~770万円の患者なら、1カ月当たり負担額が6000~1万3000円増える計算となる。がんなど高額な薬剤には長期間、継続して服用しなければならないものがある。住宅ローンや教育費の負担を抱えていても、以前のように働けずに収入が増えないケースも想定される。個々の患者にとって、影響は大きい。
 厚生労働省は、上限額を5~15%引き上げた場合、公的医療保険の1人当たり保険料が年間で600~5600円軽減されるとの試算も公表した。年末の予算編成過程で決定し、来年度の引き上げを目指すとする。
 医療保険制度をどう維持していくかは先送りできない課題だ。高額療養費の支給件数は10年度に約4518万件だったのが、21年度は6198万件に増えており、医療費膨張の一因といえる。ただ45兆円を超える国民医療費全体からすると6%程度である。
 そもそも高額療養費制度の見直しは、岸田文雄前首相が「次元の異なる」と掲げた少子化対策の財源を捻出するため、社会保障費の歳出削減策の柱として位置付けた。「子育て」や「現役世代の負担軽減」をうたう時の政権の都合を優先するなら見過ごせない。

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