ソーシャルメディアが選挙戦で大きな威力を示す例が相次いでいる。来年の参院選に向け、各党は交流サイト(SNS)などを使った新たな選挙戦略に本腰を入れる見込みだ。
象徴的だったのが、先月の兵庫県知事選である。県議会の不信任決議を受けて失職に至った斎藤元彦氏は、主に交流サイト(SNS)を通して有権者の共感を獲得し、再選を果たした。
SNSが選挙への関心を高める有効な手段であることを改めて立証した。同時に誹謗(ひぼう)中傷や虚偽の書き込みに有効な歯止めがない現状も露呈した。
斎藤氏はSNS上で「改革に手を付けたことで、県議会や県職員、新聞・テレビなどのオールドメディアから袋だたきに遭っている」という筋書きに沿って語られることが多かった。既得権益層に一人で立ち向かう図式は、市民の感情に訴える力があった。
だが斎藤氏は、PR会社経営者にネットによる選挙運動を含む広告全般の企画・立案を任せ、報酬を払ったとの疑惑が浮上している。事実関係や候補者の資質、理念、政策はともかく、分かりやすい物語を描くことに成功すれば投票行動を操れる。そんな風潮が広がらないか危惧を覚える。
政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏の影響も大きかった。立候補しながら自身は当選を目指さず、斎藤氏支援に徹した。SNSや街頭演説でパワハラや公益通報を巡る疑惑を「デマ」と言い切り、県議会や報道機関は事実を隠蔽(いんぺい)していると指弾した。亡くなった元県幹部の私的情報をネット上にさらすなどした。
いずれも根拠は疑わしく、元県幹部の名誉を傷つける行為は容認しがたい。それでも、「隠されていた事実がようやく分かった」と斎藤氏支持の大きなうねりを加速させた。
有権者が偏った情報に飛びついて扇動に乗った特異なケースとの総括もあろうが、それだけでは表面的すぎる。同様の選挙戦は鹿児島県内を含む全国どこでも展開し得ることを前提に、教訓をくみ取らねばならない。
新聞など報道機関の多くは、偽情報の流布を目の当たりにしながら有効な手だてを講じなかった。選挙戦が始まれば「公平な報道」を最優先するあまり、真偽性のチェックに後ろ向きだったのは否めない。
「選挙期間中の問題を報じないのは、それを問題と思っていないのと同じ」との指摘がある。市民が既存メディアに抱く違和感や不信感を直視し、信頼され、必要とされる情報の提供に粛々と努めるしかない。
選挙の公正・公平を守るため、偽情報や誹謗中傷を防ぐ新たな法規制も検討課題となろう。「表現の自由」と「政治活動の自由」を損ねてはならず、極めて慎重に論議する必要がある。