まど・みちおさんは、優しく、柔らかい言葉を紡いだ詩人です。2014年に104歳で亡くなるまで、2000を超える作品を生み出しました。「ぞうさん」「一ねんせいに なったら」など、口ずさんだ覚えがあるのではないでしょうか。
まどさんが1992年に出した全詩集の後書きで、ある告白をしています。アジア太平洋戦争中、「戦争協力詩」を発表していたという、いわば懺悔です。過去作を集めていて見つかったそうです。
<なんでもやれば/そのやったことはただちに/おそれおおくも/宮城へまでおつたわりしていくような気がするのだ>
<今こそ君らも/君らの敵にむかえ/石にかじりついても/その敵をうちたおせ>
「朝」「はるかな こだま」の2編です。日本は神の国という皇国史観やみなぎる戦意を意気揚々と歌い上げています。
本人はつくった記憶が全くなく、随分動揺したようです。「私のインチキぶりを世にさらす」覚悟で全詩集に収録し、「恕(ゆる)し」を請うています。
まどさんは43年、33歳で陸軍に召集されました。2編はその頃の作のようです。動植物も含めてあらゆる命を愛おしんだ詩人が勇ましい兵士になったのです。まどさんに限らず、戦前戦中は多くの作家や音楽家、画家が創作を通して戦争を支持しました。
今年は戦後80年の節目です。自由こそが活動の源であったはずの芸術家までが同調し、迎合した戦時国家体制の空気はどんなものだったのか、その行く先に何があったのか、たどってみてはどうでしょう。
■有事への備え着々
昨年秋、南西諸島や周辺海域を中心に日米共同統合演習(キーン・ソード)が実施され、自衛隊3万3000人、米軍1万2000人が参加しました。米軍による自衛隊施設使用や自衛隊による民間空港・港湾使用は、日常の一部になった感があります。
自衛隊は2019年から昨年までに奄美大島、沖縄県の宮古島と石垣島、沖縄本島の勝連半島に地対艦ミサイル部隊を新設しました。4カ所で補完し合って南西諸島を切れ目のない「壁」とする構想です。
国は有事を想定して着々と備えを固めています。心強く感じる人は多いでしょう。
「下手に手を出すとこっちがやられる」と相手に思わせるのが抑止力です。日本は米国との同盟を深め、最終的には核兵器の力を頼って抑止力を形成しています。同盟深化のためには、日本も役割を担わねばなりません。政府は23~27年度の5年間に約43兆円をつぎ込み、防衛力の強化を目指すとしています。
石破茂首相をはじめ政府関係者は国防を語るとき、「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」というフレーズを枕ことばのように使います。であればこそ、周辺国の脅威となる軍事力増強が日本の唯一の選択肢なのか、腰を据えて論じ合う時なのではないでしょうか。
有事の備えや抑止力依存への疑問を口にすれば、国際情勢に無知だと批判されるかもしれません。しかし、率直な疑念を引っ込めたときに、同調と迎合が始まるのではないでしょうか。そもそも、どこまで軍備を増強すれば安心できるのか、明確な回答はどこにもありません。
■空気に支配される
まどさんは「前線へ赴く臆病な私を臆病な私が、慰め、説得し、励まそうとした」と詩作時の心の中を推察しています。
神様である天皇に忠実な臣民であることを誇る。鬼畜のような敵から日本を守らねばならない。そんな価値観に染まったのは、「忠君愛国」を掲げた強力な皇民化教育の結果でしょう。1925年成立の治安維持法をはじめ、思想統制や表現の自由を奪う法整備が進んだ影響も大きかったはずです。
多くの国民が国威発揚に浮かされ、自らも役割を担おうとしました。強い日本軍、勇敢な日本兵のニュースを喜び、次の戦果を待ち望みました。新聞ラジオは軍部の発表の真偽に疑いを抱きながらも、軍の快進撃を華々しく報道し続けました。
国家の強権支配以上に、精神を支配する空気が社会に満ちていったようにみえます。
群集心理に日本が包まれた特異な過去として、現代と切り離すわけにはいきません。人は昔も今も、分かりやすく、刺激的で勇ましい言説に迎合しがちです。そして次の同調者を生み出します。
ソーシャルメディアが普及した現代は誰もが情報を発信し、拡散できます。昔よりはるかに効率的に空気が醸成される環境と言っていいでしょう。80年前の敗戦と、そこに至る過程から得られる教訓をどう生かすか、社会の理性が問われています。