社説

[袴田氏事件検証]過ちに向き合ったのか

2025年1月10日 付

 1966年の静岡県一家4人殺害事件で袴田巌さんの再審無罪が確定したのを受けて最高検は、捜査や裁判手続きの検証結果を公表した。警察による非人道的な取り調べが連日長時間続き、検察も袴田さんを犯人と決めつけたかのように自白を求めるなどの問題があったと認めた。
 一方、証拠の捏造があったとする静岡地裁再審判決の認定には「現実的にあり得ない」と反論。再審の長期化についても非を認めない姿勢が目に付いた。事件発生から無罪の確定まで58年を要した。人の人生を狂わした過ちに正面から向き合ったといえるのか。
 事件は再審制度見直しの機運が高まるきっかけとなった。今春にも本格化する議論に、教訓としてどう生かしていくか問われる。
 検証で取り調べ時の問題点は明白になった。平均12時間の苛烈な取り調べが続き、取調室で用を足させることもあった。県警の捜査記録には「被告人の供述を得なければ、真相把握が困難な事件であった」と記載されていた。適正な取り調べが行われていれば、冤罪を生むことはなかったといえる。
 昨年9月の再審判決では、現場近くのみそタンク内から見つかった5点の衣類などが捏造と断定された。血痕が付着した5点の衣類は事件の1年2カ月後に発見。犯行着衣がそれまでのパジャマから変更され、死刑判決の大きな要因となった。
 最高検は証拠の保管が不十分だったと判断した一方、捏造の指摘には「合理的根拠を欠き、客観的事実と矛盾する」と批判した。だが事件関係者による曖昧な説明に依拠するしかなく、説得力に乏しい。新証拠や証言を得るのが難しいにしても身内調査の限界が露呈した形だ。第三者による検証が必要ではないか。
 再審開始決定に対する検察の不服申し立てについても、2014年の再審開始決定に即時抗告したのは「誤った判断を是正するために必要」と正当化した。長期化した要因の分析に欠け、捜査側の体面を保とうとする内容にも見える。
 袴田さんは一審公判で無罪を主張したが、1980年に死刑が確定した。第1次再審請求審は約27年、第2次再審請求審は15年の年月を費やした。
 刑事訴訟法は再審手続きの規定が不明確で、冤罪の救済手段としての機能不全は明らかだ。法務省は法相の諮問機関・法制審議会に再審制度見直しを諮問する方向だ。再審請求審における証拠開示の明文化や、検察による不服申し立ての制限が論点となろう。
 不適正な取り調べは過去の話ではない。罵声を浴びせるなど旧態依然とした捜査は今も残る。検察への不信を拭うためにも冤罪事件が相次ぐ現状を直視し、制度や捜査機関の体質を改善せねばならない。

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