韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が「非常戒厳」宣言を巡り、内乱を首謀した疑いで身柄を拘束された。現職大統領に対する内乱容疑の捜査も、拘束も、初めてという異常な事態である。
韓国高官犯罪捜査庁(高捜庁)や警察などの捜査当局が尹氏に3度の出頭要請を出したが、一切応じなかったため、強制的な手段に至った。
尹氏は非常戒厳宣言を「統治行為」と主張。内乱罪には当たらず、捜査も違法だとして徹底抗戦してきた。これに同調する支持者と、批判する市民の対立が激化しつつあるように見える。与野党は早期の政情安定化をまず優先すべきだ。経済や外交への影響が深刻になってからでは遅い。
非常戒厳は戒厳令の一つの形態で、戦時など非常事態に大統領が宣言し、市民の権利を制限できる。
尹氏は昨年12月3日夜、最大野党「共に民主党」が国政や司法をまひさせているのを「国家非常事態」と認識し、戒厳令を宣言した。少数与党で直面する厳しい政権運営の打開を狙ったとみられる。
戒厳司令部は政治活動の禁止や言論統制を布告、軍が国会に突入。しかし国会は迅速に解除要求決議を可決し、約6時間後、宣言は解除された。1987年に民主化された後の韓国社会において、戒厳令は過去の話だった。多くの犠牲と引き換えに手に入れた民主主義を否定するかのような今回の宣言を、「韓国現代史に残る汚点」と見る識者がいるのはうなずけよう。
尹氏はその後、国会で弾劾訴追され、職務停止となったが、憲法裁判所で始まった罷免の是非を判断する弾劾審判でも自らの正当性を訴えている。捜査当局によるきのうの拘束前に撮影した映像には「(大統領警護庁と捜査員の間の)流血の事態を防ぐため、不法捜査ではあるが出頭に応じることにした」とメッセージを残した。
次の段階として逮捕状を請求する見通しの高捜庁は、大統領をはじめとする政治家や検察官らの犯罪捜査を担う国家機関だ。内乱容疑の捜査を検察から移管を受けて一本化したものの、高捜庁の設置法が定める本来の捜査対象に内乱罪は含まれておらず、その能力を疑問視する向きもある。
拘束後の取り調べで尹氏は供述を拒んでいるという。捜査が難航することも予想される。
そうするうちにも国政の司令塔不在は続く。大統領権限を一時代行した韓悳洙(ハンドクス)首相まで弾劾訴追され、崔相穆(チェサンモク)経済副首相が代行を引き継いだが、野党が政権運営をけん制する構図は変わらない。このままでは海外の企業や投資家の信頼も失いかねない。
与野党の指導者たちは危機の深刻さを共有し、妥協点を探る民主主義の原点にあらためて立ち返ってほしい。