唯一の戦争被爆国として日本が果たすべき役割と、石破茂首相は真摯(しんし)に向き合ってほしい。
昨年のノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が首相と官邸で面会した。被団協の代表委員らは、3月に米国で開かれる第3回核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を求めた。
首相は「被爆の実相を世界に発信してきた皆さんの受賞は極めて意義深い。長年の努力に心から感謝する」と述べたものの、締約国会議参加への前向きな発言はなかった。
平和賞の受賞で被爆者らの発信が注目されている。ここで日本政府が新たな一歩を踏み出せば、核廃絶に向けた国際社会の機運醸成の大きな力になるはずだ。条約の発効から22日で4年になる。首相の決断を期待したい。
核兵器の開発、保有や使用に加えて、使用の威嚇も禁じる国際条約は2017年に採択された。21年に発効し、73カ国・地域が批准したが、米露英仏中といった核保有国は参加していない。米国の「核の傘」に頼る日本も不参加だ。
その理由について、18年の衆院予算委員会で当時の河野太郎外相は「条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損なうことになる」と答弁した。だが、米国の核戦力に安全保障を依存するドイツやベルギーなどは、オブザーバー参加して核軍縮と廃絶を探る議論で存在感を発揮している。
締約国会議への参加と、核抑止力への依存が矛盾しないのは明らかだ。被爆の実相を知る日本ならば、説得力を持って発信できることは他のどの国よりも多い。不参加を通すのは米国の顔色をうかがっているようにしか見えず、国際社会の目に不可解に映るのではないか。
石破首相は就任直後、オブザーバー参加について「等閑視するつもりはない。真剣に考える」と発言した。昨年12月の衆院予算委員会では「意義を検討する」と言及していた。だが、今回の面会ではゼロ回答にとどまった。被団協側の落胆は十分理解できる。
核兵器をめぐる国際社会の枠組みの中心である核拡散防止条約(NPT)が認める核保有国以外に、実質的な核保有国はイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮に広がっている。NPTの機能低下は否めない。だからこそ、核兵器禁止条約に実効性を持たせる努力が欠かせない。
日本政府は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を担うとの説明を繰り返すが、今のところその具体像は見えない。第3回締約国会議には被団協も参加する。今も続く苦しみを証言する被爆者と日本政府の力を合わせて、国際社会への訴求力を最大限に発揮すべきである。