「警視庁から各局-。日比谷線、日比谷線内において薬剤等がまかれ、病人等が出た等、事案が発生している」
都心の地下鉄で猛毒サリンがまかれ、14人が死亡、6000人以上が重軽傷を負った事件から30年。公安調査庁が節目に作った特設サイトでは、発生直後の緊迫した警察無線の音声が聞ける。世界を戦慄(せんりつ)させた大規模テロだった。
地下鉄サリン事件をはじめ数々の凶悪事件を起こしたオウム真理教の松本智津夫元死刑囚=教祖名麻原彰晃=や元幹部ら計13人は死刑が確定し、2018年執行された。教団や事件を知らない世代も増えた。だが被害者や遺族の闘いは現在進行形だ。「狂気」の闇と教訓を語り継いでいかねばならない。
大惨事は1995年3月20日午前8時ごろに起きた。ラッシュ時を狙い、中央省庁が集まる霞ケ関駅を通る地下鉄3路線の5車両に教団幹部らがサリンを散布した。
当時、オウム真理教の信者は1万人を超えていた。松本元死刑囚は殺人を肯定する教義を説き、自動小銃の密造や、化学兵器サリンの大量製造など武装化を進めた。
信者の脱会を支援していた弁護士一家殺害、住宅街でサリンを噴霧した長野・松本サリン事件など次々と起こす。教団の関与を疑う声が強まる中、警察の強制捜査をかく乱しようと、地下鉄での無差別テロを企てたとされる。その後、核物質や細菌、毒ガスなどの生物、化学物質を使った重大テロ(NBCテロ)への対応が進んだ。
一方、宗教団体の装いを隠れみのとした凶行の影に、今なお苦しむ人たちがいる。
地下鉄サリン事件の被害者を支援するNPO法人の2023年調査で、5人に1人以上が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えている可能性が高いことが分かった。頭痛、めまい、倦怠(けんたい)感などを訴える声も上がる。
積極的に後遺症の実態調査に動いてこなかった国に対し、不信感を募らせる当事者がいるのは当然だろう。効果的な治療に生かし、再び起こり得るテロ事件に備えるためにも、把握が必要だ。厚生労働省はカルテなどの医療記録を電子化して保存すると決めた。定期検診実施を含め、被害者の継続的なサポート体制を求めたい。
賠償金回収に関しても、被害者・遺族側に負担を負わせたままにしておくべきではない。
1996年のオウム真理教の破産後、主流派後継団体「アレフ」は賠償を続けるとしていた。しかし支払いは滞り、2020年に約10億円の支払いを命じる判決が確定しても状況は変わっていない。差し押さえを逃れようと資産隠しをしている疑いまで持たれている。国が前面に立ち、着実に救済を進めてほしい。