社説

[大川原国賠訴訟]悪質な冤罪事件検証を

2025年5月30日 付

 外為法違反(無許可輸出)罪に問われ、後に起訴が取り消された「大川原化工機」(横浜市)の社長らが、違法捜査に関する東京都と国の責任を問うた訴訟の控訴審で、東京高裁は計約1億6600万円の賠償を命じた。一審に続き、警視庁公安部と東京地検の捜査・起訴を違法と断じるものだ。
 刑事司法全体が自らの過ちと向き合うべきだ。関係者に謝罪し、徹底的な検証を始めてほしい。
 2020年3~6月、生物兵器製造に転用される恐れのある噴霧乾燥装置を不正輸出したとして、大川原化工機の社長ら3人を警視庁公安部が逮捕。東京地検が起訴した。
 逮捕前、社長らは任意の取り調べに290回以上応じ、軍事転用など不可能だと繰り返し説明したという。公安部内でも疑義が上がっていた。
 一連の経緯は、安倍政権が経済安全保障の強化に乗り出す時期と重なる。政権への忖度(そんたく)や、捜査幹部の「出世欲」が背景にあったのではないか。
 逮捕から1年以上たった21年7月、初公判直前に、地検は「犯罪に当たるかどうか疑義が生じた」として起訴を取り消した。社長らは、都と国に損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。
 一審の法廷では、事件を「捏造(ねつぞう)」などと証言した捜査員の“反旗”に衝撃が広がった。判決は警察、検察が「通常要求される捜査」をしていれば逮捕、起訴は避けられたと指摘した。
 にもかかわらず「偽計を用いた取り調べ」と認定されたことへの反発もあり、都と国は控訴に踏み切った。
 控訴審では、輸出規制に関する法令解釈について経済産業省から懸念を指摘されても再考せず、公安部が独自の解釈を認めさせていった過程が明らかになった。合理的根拠が欠けたまま立件ありきで突き進んだことが分かる。
 検察についても必要な検証を怠って起訴した判断を違法と認定した。捜査側が上告しても判断が覆るとは思えない。今度こそ真摯(しんし)な反省を求めたい。
 一方、保釈請求を5度にわたり退けた裁判所の判断は、訴訟の争点ではなかった。だが「人質司法」の問題もあり、社長らは約11カ月も拘束され、元顧問はがんと診断されても保釈がかなわず勾留停止中に帰らぬ人となった。保釈制度の運用改善に向けた取り組みを強化する必要がある。
 冤罪(えんざい)を訴える各地の再審事件に関わり、昨年亡くなった木谷明弁護士は著書「違法捜査と冤罪」の大川原化工機事件を取り上げた項で「本件と同様に、存在しない事件を捏造して起訴した事案としては志布志事件がある」と指摘している。03年の鹿児島県議選を巡る公職選挙法違反で逮捕・起訴された後、被告全員が無罪となった事件だ。捜査の暴走を許した過去が身近にもあることを忘れてはならない。

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