天皇、皇后両陛下と長女愛子さまは、戦後80年に際して沖縄県を訪ねられた。太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった人々が眠る納骨堂に深く拝礼し、見守った遺族らと言葉を交わした。
平成の時代、在位中の上皇ご夫妻が国内外で重ねた「慰霊の旅」を引き継ぐ形だ。戦争体験者だけでなく、歴史を伝えようとしている若者の話に耳を傾けた。戦後生まれの天皇として、悲惨な戦争の記憶と平和への思いを次世代へつなぐ姿を示した。
両陛下の沖縄訪問は2022年10月以来で、愛子さまは初めて。国立沖縄戦没者墓苑や学童疎開船「対馬(つしま)丸」の慰霊碑を拝礼し、20~30代の「語り部」とも懇談した。
天皇、皇后の公的な訪問に皇族が同行するのは異例だ。愛子さまを伴ったのは、両陛下の強い意向だったという。惨禍の記憶を若い世代に引き継ごうとする使命感が伝わる。
310万人の甚大な犠牲を生じた先の大戦は、昭和天皇の時に「天皇」の名において戦われた。
上皇さまは戦没者慰霊を「象徴の務め」と位置付け、上皇后美智子さまと共に節目の年に戦禍の地に赴いた。
中でも1945年4月、国内唯一の地上戦となり県民の4人に1人が命を落とした沖縄には、皇太子時代の75年に初めて訪れて以降、計11回訪問を重ねた。旧日本軍の組織的戦闘が終わった6月23日の「沖縄慰霊の日」は欠かさず黙とうをささげ、天皇、皇后両陛下も倣っている。
60年生まれの「戦争を知らない世代」の天皇陛下は、平和への願いをどう表していくのか模索してきた。2022年の誕生日会見では、沖縄戦と戦後の苦難に触れ「決して忘れてはならない」と述べている。皇室への複雑な県民感情がある沖縄と真摯(しんし)に向き合い、寄り添い続けた上皇さまの思いが、両陛下、愛子さまへと受け継がれたのは意義深い。
戦後80年の訪問は4月、激戦地の硫黄島(東京)から始まった。今月19、20日には原爆が投下された広島、9月に長崎を即位後初めて訪れる。
硫黄島では「歩兵第145連隊」はじめ鹿児島県出身者も命を落とした。遺族からは両陛下の追悼について「国民の心の片隅に島の歴史が刻まれ、平和につながる」との声があった。広島、長崎の慰霊も一人一人が、戦争の実相に触れる契機となる。
折しも自民党の西田昌司参院議員が「ひめゆりの塔」(糸満市)の説明文は「歴史の書き換え」と発言、撤回した騒ぎがあった。戦争の経験者が減るからこそ独りよがりにならず、謙虚に史実に学ぶ姿勢を持ちたい。