2023年12月の計画公表から1年半。日本製鉄が、米鉄鋼大手USスチールの買収手続きを完了させた。
米大統領選の時期と重なったこともあって政治問題化。だが日鉄は諦めなかった。株式を100%取得し、完全子会社にするという譲れない一線を守れたのは、主導した橋本英二会長の“剛腕”によるところも大きい。
一方、トランプ大統領の同意を取り付けるため巨額投資を約束し、米政府が経営に関与できる立て付けを用意した。採算性や、経営の自由度を巡る懸念材料は多い。歴史的な買収劇の成否を世界が注視し続けることになる。
USスチールは粗鋼生産から鋼材加工まで手がけるノウハウに定評がある。近年は技術・価格競争力ともに海外勢に後れを取り、業績が落ち込んでいた。23年8月、身売りを含む経営見直しを表明。23年粗鋼生産量が世界4位の日鉄が、自社の最先端技術での再建をもくろみ、手を挙げた。
日本国内の鋼材市場は人口減少で先細りが続く。海外では中国企業の過剰生産で、鋼材価格が低迷する。高級鋼材の需要が高い米国に次の活路を求めたのは、理にかなっていたと言える。
こうして当事者同士が合意した友好的な再編だったが、米政権の介入でいたずらに時間を空費した。
バイデン前大統領は今年初め、安全保障の観点から買収禁止を命じた。トランプ氏も否定的な立場を取った。一転して態度を変えたのは、自国の製造業衰退を象徴するUSスチールの再生に日鉄の支援は不可欠と判断したからだろう。経済発展への期待を高める方が支持拡大に得策と考えたともみられる。米企業再編における悪い前例にならないか。安易な政治介入は厳に慎むべきだ。
米政権に翻弄(ほんろう)された日鉄は、投資額の大幅積み増しを迫られた。
買収額は141億ドル(約2兆円)。さらに2028年までに製鉄所の整備などに投じる110億ドル(約1兆6000億円)は当初の8倍近くに膨らんだ。
きのう会見した橋本会長は巨額買収について「極めて合理的」と強調。生産能力の増強が可能なスロバキアの製鉄所も傘下に入り、「国際供給網が一気に完成する」との見込みを示した。
トランプ政権の高関税政策を考えれば、現地生産のメリットにも疑いはない。だが重い資金負担に見合う利益が生み出せるのか、株主からは心配する声も上がる。丁寧な説明が必要だ。
加えて、日鉄は米政府と「国家安全保障協定」を結び、USスチールの経営上の重要事項に拒否権を持つ「黄金株」を米政府に発行する。経営の自由度が過度に制約されるようなら、USスチールの行方に影響を与えかねまい。悲願成就と同時に、米鉄鋼業再建を委ねられた日鉄の真価が問われている。