社説

[日米机上演習]核使用の想定は危うい

2025年7月31日 付

 日米両政府が日本防衛に絡み、有事の際に米軍が核兵器を使用するシナリオを議論していたことが判明した。「台湾有事」を想定した机上演習では、自衛隊が米軍に「核の脅し」で中国に対抗するよう求めたことも分かった。

 日本は米国の「核の傘」の下にあるのが現実だ。周辺の中国や北朝鮮が核戦力の強化を進めることへの危機感も高まっている。

 しかし唯一の戦争被爆国の日本が、核による威嚇もいとわない姿勢を示すのは危うい。対話により地域の緊張を緩和する外交と、核に依存しない安保体制の構築に力を注ぐよう求める。

 複数の両政府関係者によると、核兵器使用のシナリオは、外務・防衛当局者による定例の「拡大抑止協議」で複数回議論された。拡大抑止とは、同盟国への攻撃に対し、核を含む戦力で報復する意思を示して、敵国に軍事行動を思いとどまらせる概念だ。

 自衛隊による「核の脅し」の要求は、昨年2月のコンピューターを使うシミュレーション「キーン・エッジ」で、防衛省制服組トップの吉田圭秀統合幕僚長が行った。中国が核兵器使用を先に示唆したとの設定で、初めて組み込まれた筋書きだ。米側は当初慎重姿勢だったが最終的に応じたという。

 吉田氏と中谷元・防衛相は記者会見で要求を否定した。だが昨年12月に策定した拡大抑止に関する指針では、核使用時の政府間調整の手順を定め、日本側が意見を伝えられる規定を明文化している。演習内容の詳細について説明がない限り説得力に欠ける。

 核兵器による威嚇は日本国憲法9条に違反する疑いがあり、国際法上も問題があるとされる。にもかかわらず核使用の可能性を念頭に、日米の外務・防衛当局だけでなく制服組まで加わり密室で協議することは容認できない。

 日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、国内の政治家による核軍縮に逆行する主張が顕在化している。石破茂首相は、昨年の自民党総裁選中に米国の核を日本で運用する「核共有」に言及。先の参院選で躍進した参政党の神谷宗幣代表は、核保有に含みを持たせる発言を繰り返している。

 これらの主張が国民の一定の支持を得る背景には、中国やロシアによる核使用リスクへの警戒があるだろう。専門家には、さまざまな想定の演習を重視し、自衛隊による米軍への「核の脅し」の要求を当然視する意見がある。

 ただ拡大抑止への依存が高まれば、「日本が核使用の責任を米国とともに負えるのか」との重要な論点に行き着く。広島と長崎に原爆投下を受けた日本人の反核意識は根強い。政府は国民の不信感を招かないよう説明を尽くさなければならない。同時に核軍縮を最大限に進め、あらゆる手段を講じて戦争を回避する道を探ることが重要だ。

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