社説

[坂口志文さんノーベル生理学・医学賞]免疫療法に道を開いた

2025年10月9日 付

 今年のノーベル生理学・医学賞が、坂口志文大阪大特任教授と米国の研究者2人に授与されることになった。体内の過剰な免疫反応を抑える「制御性T細胞」を発見し、がん免疫療法や、アレルギー、自己免疫疾患などの新たな治療への道を開いた点が評価された。

 研究が否定され続ける不遇な時代も経験した。地道な基礎研究を続けた信念と、多くの人々に希望を与えた功績は「人類への貢献」に贈られるノーベル賞にふさわしい。

 日本人の生理学・医学賞は本庶佑京都大特別教授以来7年ぶり6人目となる。1987年に利根川進さんが単独受賞した後、しばらく選ばれなかった。2012年の山中伸弥京都大教授以降は数年おきに受賞が続き、日本の生命科学の実力を示している。

 免疫は体内に入った細胞やウイルスを攻撃し、身体を守る重要な仕組みだ。過剰に働いて体の一部を傷つけることもある。医学生時代の坂口さんは、ここに「哲学に通じる面白さ」を感じた。

 着目したのは胸腺でつくられる免疫細胞、T細胞だ。胸腺を取り除いたマウスに自己免疫疾患の症状が現れた実験結果を知り、好奇心をかき立てられた。京都大大学院を中退し、この実験をしていた愛知県がんセンターに無給の研究生として飛び込む。

 T細胞の中に攻撃のブレーキ役となる何らかの仕組みがあるはず-。そう仮説を立て、当直医のアルバイトで生計を立てながら研究に打ち込んだ。決定的な証拠はなかなか見つからない。ブレーキ役の細胞の存在を否定する学説が主流となる中、日米の大学や研究所を転々としながら初心を貫いた。

 1995年に制御性T細胞の存在を突き止めた。ヒトにも存在することが分かり、ブレーキ役のメカニズムも解明。関節リウマチ、1型糖尿病といった自己免疫疾患、さらにはがんや、臓器移植の拒絶反応を抑えられる可能性があることを明らかにした。

 今では世界中の研究者がこの分野に参入し、創薬や治療法確立に向けさまざまな臨床研究が進む。実用化には至っていないが、今回の受賞決定でその動きは加速するはずだ。花粉症、食物アレルギーをはじめ、南九州に多い成人T細胞白血病(ATL)の治療にも追い風を期待したい。
 坂口さんは「研究は何をやるにも時間がかかる」として「息長くやることが社会的に許される」環境の重要性を語った。政府は財源不足などから国立大に渡す運営費交付金を削減し、競争力強化が見込める分野に資金を重点配分する「選択と集中」に傾注する。「すぐに役立つか」が問われ、基礎研究は軽視されがちだ。坂口さんが画期的な成果を生み出すのに数十年かかったことを忘れないでほしい。

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