社説

[新材料「MOF」]夢の吸着剤 可能性無限

2025年10月17日 付

 「人類に与える恩恵は計り知れない」。金属有機構造体(MOF)を開発した北川進京都大特別教授とオーストラリア、米国の2氏へのノーベル化学賞授与の発表会見で、選考委員長はこの新しい材料を称賛した。

 内部に無数の穴がある多孔性物質の一種だ。そこに天然ガスや水素などさまざまな気体を取り込ませることができる。可能性は無限とされ、「夢の吸着剤」として既に実用化に向けた研究が盛んになっている。

 日本人では生理学・医学賞の坂口志文大阪大特任教授に続き、今年2人目の快挙である。科学分野のノーベル賞で久しぶりに複数の対象者が出たことを喜びたい。科学研究の退潮が指摘される今の日本で研究に打ち込む若手世代の励みとなるに違いない。

 ジャングルジムのような空間を持つMOFは金属イオンと、さまざまな有機分子の組み合わせで作られる。北川さんは1990年代、両者が入った液体を混ぜるだけで規則的な構造が自然にできる「自己組織化」の手法を用いて合成に成功。大量の気体を出し入れできることを初めて示した。

 素材となる金属や有機分子の選び方によって、穴の大きさが自在に変えられる点が特徴だ。10万種類以上の構造が設計できるという。

 昔から身近な多孔性材料としては冷蔵庫の消臭に使われる活性炭や、工場の排ガス除去に活用される鉱石ゼオライトがおなじみだろう。「軟らかい有機物は(物質の分離に)使えない」という常識を覆したのがMOFだった。

 分子の骨格や形状ではなく、それらが作る空間、つまり「穴」に注目した北川さんの自由な発想がなければ到達できなかった成果と言っていい。

 発表当初、学界の反応は冷たかったが事実を積み重ね、全く新しいタイプの多孔性材料であるMOFは新たな研究分野として急成長を遂げた。

 応用先は極めて幅広く、国内外の企業が実用化に取り組む。将来的な期待が大きいのはエネルギー・環境分野だ。温室効果ガスである大気中の二酸化炭素(CO2)の回収や、次世代エネルギーである水素の貯蔵、水から有害な有機フッ素化合物(PFAS)を吸収する材料も有望視される。

 13日に閉幕したばかりの大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオンは、MOFによってCO2が燃料や炭酸泉などに生まれ変わる未来社会の姿を展示。さまざまな課題解決に結びつく道筋を描いた。まだ製造コストに努力が必要な新材料だが、大量生産の仕組みが整っていけば普及のスピードは加速するのではないか。

 経済成長をもたらす技術の開発も、その種となる画期的な発見があってこそだ。改めて基礎研究の振興策を政府に求めたい。

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