社説

[安倍氏銃撃裁判]全容解明につなげたい

2025年10月30日 付

 安倍晋三元首相銃撃事件の裁判員裁判がおととい、奈良地裁で始まった。山上徹也被告は殺人罪の起訴内容を認め、争点は刑の重さに絞られた。

 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への母親の高額献金による被害をどう考慮するかが焦点になる。検察側は、不遇な生い立ちが刑を大きく軽くするものではないと主張。弁護側は成育環境は児童虐待に当たるとして情状酌量を求めた。

 暴力に訴えた被告の行為は許されない。一方で教団と政治の関係を浮かび上がらせた事件である。被告の証言や検察、弁護双方の立証から明らかになる事実を基に、全容が解き明かされることは重要だ。社会が再発防止の教訓を得られる丁寧な審理を望む。

 被告は2022年7月8日、奈良市で、参院選の応援演説中だった安倍氏を手製のパイプ銃で銃撃、殺害した罪などに問われている。首相経験者が多数の聴衆の目の前で犠牲になる衝撃的な事件だった。

 弁護側は、入信した被告の母親が総額1億円に上る献金をし「自身や家族の人生が翻弄(ほんろう)され、教団への復讐(ふくしゅう)心を強めた」として、不遇な境遇を強調する戦術に力点を置く。検察側は聴衆を巻き込む危険性がある中、手製銃で襲撃した態様の悪質性を重視。事件に教団の影響がある点について主張に大きな差はないが、被告の責任の在り方に関しては真っ向から対立する。

 双方は公判前の協議段階から、教団の影響についてどこまで調べるかを巡ってぶつかっていた。弁護側は被告の母親や妹、宗教学者ら5人の証人尋問を請求。検察側は「宗教論争の場ではない」として反対したが地裁は全員を認めた。動機の解明の上で前進と言える。量刑の判断にも重要な要素だ。

 交流サイト(SNS)上では「被告とは別に真犯人がいる」といった陰謀論がくすぶっている。多角的な立証や証言で事実を明確にすることが、風評の否定につながるのではないか。

 検察側は社会に重大な影響を与えた政治的テロとして死刑を求刑する可能性がある。関心が高まった「宗教2世」問題などで寛大な処罰を求める声も存在する。難しい判断を迫られる裁判員の重圧は相当だろう。公判は最大19回あり、判決は来年1月21日と長期間にわたる。裁判所には心理的負担の軽減に向けたケアを求めたい。

 被告は、教団に親和的な姿勢を見せる政治家として安倍氏を狙ったとされる。事件を契機に教団側と自民党議員との接点が次々と明らかになり批判が集まった。自民は関係断絶を強調してきたが、党内からは、公明党の連立政権離脱で選挙支援を失った議員が、教団側と再接近する懸念がささやかれる。両者の関係に国民が厳しい目を向け続けていることを忘れられては困る。

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