社説

[コメ増産後退]価格安定の道筋見えぬ

2025年11月6日 付

 高市政権下で新たに就任した鈴木憲和農相は、コメ政策について「需要に応じた生産」の方針を打ち出した。コメ不足で増産にかじを切った石破前政権の農政から一転する。

 増産によるコメ余りで価格が下落するとの生産者の懸念を重視した形だ。支持基盤の農家の経営圧迫を心配する自民党内の意見を優先したとみられる。一方で供給量が細って価格の高止まりが定着すれば消費者には打撃だ。

 割安なコメと農家の所得確保を両立する安定価格の実現が求められるが、その道筋は見えない。前政権の改革路線をわずか3カ月で旧来型農政に後戻りさせるなら、鈴木氏には納得できる説明と政策遂行を求めたい。

 農林水産省は2026年産主食用米の生産量の目安を711万トンと示した。需要見通しの最大値に合わせた。25年産の収穫量見込みの748万トンから大幅な減産となる。26年6月末時点の民間在庫は最大229万トンと異例の規模になる見込みで、鈴木氏は「既に不足感は払拭された」との認識だ。

 前政権が増産に踏み切ったのは、コメの不足感から価格が高騰した「令和のコメ騒動」がきっかけだった。政府が訪日客の増大など需要量の増加を見誤り供給不足を招いた。背景に、人口減少に伴い需要は減るとの固定観念があったのは間違いない。

 訪日客は増え続けており、政府はまだネット通販など新たな流通網の全容をつかめていないとの見方もある。生産を抑制するなら、より正確な需要量の把握が不可欠だ。ギリギリの需給バランスの中では、今後凶作に見舞われた際に供給不足に陥るリスクが高まることも忘れてはならない。

 また鈴木氏は「価格は需要と供給に応じて市場で決まる」との立場だ。前政権が行った備蓄米活用による価格抑制に否定的で、放出は供給不足時に限るとの考え。ただ生産目安は事実上、需給を調整して価格を維持させるための制度だ。高止まりが続けば、物価高対策を第一に掲げる高市政権の政策とも相いれないのではないか。

 物価高対応では「おこめ券」の配布の検討にも言及した。だが家計には一時的な補助効果にとどまり、コメ相場全体の押し下げに疑問符が付く。

 日本の農業は長年のコメ減らし政策による生産構造の弱体化が指摘されてきた。高齢化や担い手不足などへの対応は待ったなしだ。田んぼを保持し、コメ作りの環境を守っていくことは食料安全保障上も必要だろう。

 今回の短期間での方針転換は、生産者と消費者に混乱を招いた「猫の目農政」との批判は免れない。政府は中長期的な増産の方向性も示している。面積当たりの収穫量が多い品種や暑さに強い品種への切り替えなどで、生産性と農家の意欲を高めることが肝要だ。

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