南日本美術展の審査委員長を務めた高階秀爾さん=2001年11月、鹿児島市の黎明館
日本の西洋美術史研究の第一人者で、17日亡くなった高階秀爾さんは、2001(平成13)年から5年間、南日本美術展の審査委員長を務め、鹿児島の美術振興に尽力した。関係者は、審査での落ち着いた振る舞いを思いだし、惜しんだ。
同展は21世紀の幕開けを機に洋画、日本画などの5部門を平面、立体など3部門に再編、改組。その一環で審査委員を県外の著名な作家、評論家に委嘱した。高階さんもその1人だった。
審査会場で高階さんは、洋画や日本画など各界の第一人者である他の審査委員の意見に耳を傾け、スマートな審査に徹した。良い作品には「これはいいね」と声を出して評価した。
湧水町の霧島アートの森も00年の開園後しばしば訪れた。同園の学芸員として高階さんを案内した宮薗広幸学芸課長は「新しいことをする時は大変なこともあるが、特色のある施設なので頑張ってほしいと激励された。今もその言葉が励みになっている」と当時を振り返った。