乗車後のバス車体を磨き上げる運転手の大東千代子さん=鹿児島市浜町
運転手が足りない。地方だけでなく鹿児島市内でも運転手不足による路線バスの減便・廃止が相次ぐ。住民の移動を支えるバス業界の求人難は深刻だ。待機時間のある変則勤務や事故リスクが敬遠されがちな上、平均年齢の高さなど構造的問題も横たわる。バス運転手を取り巻く実情を紹介する。(連載かごしま地域交通 第2部「運転手はどこへ」⑥より)
2月の昼すぎ、休憩に戻った運転手が集まる鹿児島交通(鹿児島市)の営業所は笑い声に包まれていた。その中で一段と明るい声を弾ませる主は、バス運転手歴17年の大東千代子さん(57)だ。
兄の影響もあり、幼い頃から車やバイクは身近な存在だった。20代で大型免許を取り、教習所の教官として15年ほど勤務。40歳で路線バスの運転手に転職した。「性別が不利になったことはない」と断言するように、市内路線から南薩地域への特急便まで大車輪の活躍を見せる。
「女性は運転が苦手だと思われがちだが、全く関係ない」と大東さんは力を込める。バスやトラックはハンドルが重いイメージがある。現在は大半のバスにハンドル操作を補助するパワーステアリングが搭載されており、腕力が必要な操作もない。「何でも初めは怖く、徐々に慣れる。バスも同じ。小柄でも運転席が高い位置にあるので見晴らしがよく、普通車よりも運転しやすい」。身長156センチの元教官の説明は説得力がある。
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ただ、女性の採用は進んでいない現状がある。昨年10月時点で鹿児島交通は384人いる運転手のうち女性はわずか4人。南国交通(同市)も376人中9人にとどまる。
背景には、かつて存在したバス業界独特の慣例がある。
「結婚している男性」-。市内のベテラン男性運転手が約30年前にバス業界に入った際、応募条件に明記されていたという。当時はトラック乗務で経験を積んだ後、バスに“ステップアップ”するのが一般的だった。「トラックに乗り、家庭を持って、初めて『バスにふさわしい男』。それ以外の人は見向きもされなかった」。多様性が尊重される現代の感覚からは、かけ離れた常識があった。
こうした買い手市場は徐々に崩れ、2015年ごろには求人に苦労する運転手不足の時代になっていた。今となっては各事業者がハンドルを180度切り女性人材獲得に力を入れる。
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県内各事業者は女性専用の仮眠室を設け、内側から掛かる鍵も備え付けるなど受け皿づくりを急ぐ。ただ、地方の小さな車庫まで全てに行き渡ってはいない。南国交通の松田純平人事労務課長は「ダイヤを守るため女性の活躍は欠かせない。働きやすい環境を整えながら、バス運転手の魅力をPRしたい」と話す。
子育て世代にとってのネックが乗務の時間帯だ。バスのピークは朝と夕。子どもの送り迎えや食事の準備の時間帯と重なる。鹿児島交通は家庭の事情に配慮した短時間乗務を導入している。西原哲幸鹿児島支社長は「朝のみ、夜のみ走ってくれるだけでも助かる」と歓迎する。
県の調査によると、県内の女性労働者の平均月給は22万5323円(24年)と、男性より14万円程度低い。家事や子育てと両立するため、残業がなく、パートのような補助的業務に就く例が多いのが理由とされる。
「バスは男女差がなく、乗っただけの見返りがある」と西原支社長。ライフスタイルに応じて勤務形態を変えることもできるとアピールする。