通報者保護の重要性を訴える串岡弘昭さん=9日、富山県高岡市
鹿児島県警の元・生活安全(生安)部長(61)が県警の不祥事を記した文書を札幌市のフリーライターに郵送し、職務上知り得た秘密を漏らした疑いで逮捕、起訴された事件は、「公益通報」に当たるかどうかが争点の一つになる。元生安部長は「野川明輝(前)本部長が職員の犯罪行為を隠蔽(いんぺい)しようとした」と主張。県警側は全面的に否定し、公益通報と認めていない。連載「検証 鹿児島県警」の第4部は、事件の背景や類似事案から公益通報の現在地を探る。(連載・検証 鹿児島県警第4部「公益通報の現在地」④より)
「会社を告発して人生が変わった」-。富山県高岡市の運送会社「トナミ運輸」の元社員串岡弘昭さん(78)=同市=は1974年、同社を含む闇カルテルを知り、新聞社に告発した。報道され、経緯を会社に明かすと、定年までの31年間、閑職に置かれた。
周囲からは密告者扱いされた。異動先の教育研修所での仕事は清掃や草刈りなど。昇格、昇給はなく、定年の4年前まで、手取りは10万円台のままだった。暴力団を名乗る男に「会社を辞めんと殺す」と脅されたこともある。
2002年、不当な処遇を受けたとして会社を訴え、05年に勝訴した。この裁判は、06年に施行された公益通報者保護法に影響を与えたとされる。支援した山田博弁護士(71)=富山市=は「組織内部の人間が不正を公にするのは社会にとって有益だと証明された。法成立の礎となったのは間違いない」と振り返る。
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政府はこれまで、通報者の対象拡大や保護拡充を図ってきた。22年には従業員301人以上の事業者に内部通報制度の整備を義務付けた。
就労者の意識は、消費者庁が23年に実施した調査で分かる。アンケートに答えた1万人のうち4割は勤務先の不正を「絶対」もしくは「多分」通報しないと回答。「多分」を選んだ理由(複数回答可)は「誰に通報したらよいか分からない」が32%、「適切に対応してくれないと思う」「嫌がらせを受ける恐れがある」がいずれも26%となった。
25年4月、法改正案が衆院を通過した。通報を理由とした解雇や懲戒処分といった報復行為に、刑事罰を導入して通報者の保護を強化する。正当な理由なく通報者を探索し特定する行為も禁じる。
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この改正案を、串岡さんは「欠陥が多い」と批判する。刑事罰の対象に“不当な配置転換”が含まれておらず「歯止めにならない」という。
従来通り、報道機関などへの外部通報で保護されるには「真実相当性」の他にも要件があり、内部通報より厳しい点も疑問視。法改正に向けた国の調査会で要件の緩和を提言したが、経済界から「通報の乱用につながる。虚偽の内容が出回れば利益を害する」などと反対されたという。
鹿児島県警の不祥事を前本部長が隠蔽(いんぺい)しようとしたと、元生活安全部長が書面で外部に訴えた行為をどうみるか。串岡さんは「公益通報といえる内容が含まれる」とする一方、前本部長ではなく元刑事部長の名前が記されていることなどから「事実とそうでない内容が混在しており、県警に公益通報を否定させる余地を与えている」と分析する。
外部通報を選んだのは「極めて自然」だという。「内部通報だと報復やもみ消しの可能性がゼロではない。告発は本来、組織に知られるべきでない」と私見を述べた。