〈詳報〉高校野球の名監督 塩瀬さん死去 中日・井上監督が追悼「プロにいるのは監督のおかげ」

2025/06/17 21:31
元鹿商監督・塩瀬重輝さん
元鹿商監督・塩瀬重輝さん
 1980年代に鹿児島商業高校野球部の監督を務めた塩瀬重輝(しおせ・しげき)さんが16日午後10時33分、多臓器不全のため入院先の鹿児島市内の病院で死去した。86歳。姶良市出身。自宅は姶良市平松。通夜は18日午後6時、葬儀・告別式は19日午前11時から、いずれも姶良市東餅田470の4、JA葬祭やすらぎ西部斎場で行われる。仏式。喪主は妻光代(みつよ)さん。

 83(昭和58)年から90年まで鹿商高の指揮を取り、春夏あわせて3度甲子園に出場した。86年夏の全国高校野球選手権で同校初の4強進出。同年10月の山梨国体で、鹿児島県高校野球では初の優勝を果たした。

 69年、指宿商業高校を春の県大会で準優勝させたほか、加治木工業高校、中種子高校も上位に導いた。中日の井上一樹監督(鹿商高出身)ら複数のプロ野球選手を育てた。

 現役時代は捕手で、加治木高、鹿児島大で活躍した。

■中日・井上監督の追悼コメントは次の通り。

 今、こうやってプロ野球の世界で生かさせていただいているのは、塩瀬監督のおかげです。中学3年生の時に迷いのあった私を、田舎の陵南中学校から高校野球への道を開いて頂いたのも塩瀬監督です。そんな先生があったからこその今の私がいると思います。

 高校3年間いつも迷惑をかけ、そして、体力、精神力、それから野球への思いというものを学ばせて頂きました。プロに入ってからもよく連絡をいただき、「頑張っているか」といつも気にかけてくれた事がよくありました。この度、先生がお亡くなりになったと聞いて、僕の中でも人という財産をまたひとつなくしてしまって悲しい気持ちでいっぱいです。

 これからもこの世界でがんばっていくので、天国で教え子である井上一樹を見守ってください。長年、鹿児島県の野球を引っ張っていただきありがとうございました。

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