「第50回トロント国際映画祭」に参加した映画『遠い山なみの光』石川慶監督、広瀬すず、松下洸平
カナダで開催された「第50回トロント国際映画祭」(9月4日〜14日)スペシャル・プレゼンテーション部門に出品された映画『遠い山なみの光』。現地時間9月12日、スコシアバンク・シアターでの公式上映時に、広瀬すず、松下洸平、そして石川慶監督が登壇した。
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ーベル文学賞作家・カズオ・イシグロの長編デビュー作が原作。戦後間もない1950年代の長崎と、1980年代のイギリスを舞台に、時代と国境を越えて交錯する“記憶”の謎に迫る、ヒューマン・ミステリー。「長崎」と「戦争」というテーマを新たな世代の感覚で描く。長崎時代の悦子を広瀬、佐知子を二階堂ふみ、イギリス時代の悦子を吉田羊が演じるほか、松下洸平、三浦友和らが出演している。
上映前の舞台あいさつで石川監督は「このような場で本作を上映できることを非常に光栄に思っています。昨日の上映では僕一人での登壇だったのですが、今日は素晴らしいキャストと一緒に来ています」と、広瀬と松下を紹介。広瀬は英語で「今日、この映画祭に来られてうれしいです」とにこやかに語り、松下も同じく英語で「本作で二郎役を演じました。ここに来られて、とてもワクワクしています。皆さんに楽しんでいただけたらうれしいです」とあいさつした。
■石川監督「今が作る時だ」 映画化に込めた思い
123分の上映を終えた後は、Q&Aを実施。「なぜこの小説を映画化しようと思われたのか、そしてなぜ今なのか」という質問を受け、石川監督は鑑賞のお礼を述べた後「もともとカズオ・イシグロさんの大ファンなのですが、同時に、日本の映画監督にとって彼の名前はとても大きな存在なので、自分にはまだ早いと思っていました。でも、今年は第二次世界大戦から80年という節目で、実際にその出来事を体験した方々と話すことはどんどん難しくなっていますし、映画もそのことを扱っていますので、『もう言い訳はできない、今が作る時だ』と決心しました」と返答した。
また、キャスティングについて、登壇している広瀬と松下について問われると「広瀬さんは、この世代を代表する最高の女優だと思います。皆さんもご存じの通り、彼女の演技には役をまるごと立ち上げるような力があります。若々しい役柄も自然にこなせますし、今回はどうしても彼女の力が必要でした。ですから、選ぶのはごく自然なことでしたし、ありがたいことに快く引き受けてくださいました。
松下さんについてですが、原作小説ではこの人物はあまり深みのあるキャラクターではなく、妻を理解しない“悪い夫”として描かれていました。けれども、時代背景を考えると、彼の年齢なら戦争に行き、帰ってきたときには長崎が壊滅的な被害を受けていたはずです。そうした状況を思い浮かべると、この人物像はとても奥行きのある、興味深い存在になると感じました。だからこそ、映画では重要な役割を担うことになったんです。そしてもちろん、洸平さん自身が本当に素晴らしい俳優であり、彼の演技を通して観客が自然に共感を寄せられると確信しています。それが彼にお願いした大きな理由です」と説明した。
■広瀬すず「心強い気持ちで現場に立てた」 監督への感謝を語る
広瀬は「石川監督からこのお話をいただいたとき、『僕にとっても大きな挑戦になる作品です』というお手紙をいただいて。台本を読んだときは、ある種とてもトリッキーな印象を受けた」そうだが、「実際の現場では一転して、とても穏やかで優しく、率直に言葉で演出を伝えてくださいました。言葉にしづらいニュアンスをどう表現するかを一緒に話し合いながら進めていけたので、本当に寄り添ってくださる監督だと感じました。おかげで毎日、心強い気持ちで現場に立つことができたと思います」と隣の石川監督に感謝の気持ちも込めて語った。
松下は「石川監督はすごく丁寧に、それぞれのキャラクターについて向き合ってくださいました。例えば、家の中でどこに座るべきなのか、どの方向を向いて寝ているのか?我々はセットの中で、家の中のシーンを撮影したのですが、窓の外に見えるのは、長崎の景色ではなくて、グリーンバッグでした。そのグリーンバックの外に見える景色を、みんなで想像する時間。そこがすごく豊かで、何かこうイメージをかき乱されるような、決して優しいだけではなく、繊細で力強いディレクションを僕たちにしてくださいました」と語った。
自身が演じた二郎の役作りについては「彼は戦争というものを体験して、ある種の傷を負って日本に帰ってきました。その傷を彼はどう忘れようとするのか、そういうキャラクターでした。一方で、自分の父親である緒方(三浦)は、戦争に行かず、日本の軍国主義をいつまでも引きずる人でした。その差、戦争を体験した者としなかった者の差というものをどのような細かい表情やしぐさで表現するか、そこを石川監督とたくさん話し合いました」と、撮影時を振り返った。
「アメリカが日本に原爆を投下した事実を踏まえ、戦後の日米関係はどのようなものだったのか?」という質問に対して、石川は「これは私たち日本人全員にとってのジレンマなんです。被害者だと感じることもあれば、同時に近隣諸国を傷つけてもいて、両方の感情を同時に持っています。そして、特にこのイシグロさんの本では、いつもそれが感じられるんです。この本だけじゃなくて、『日の名残り』の主人公にも、協力的に行動しながらもどこか偽善的な感情、あるいは後悔のようなものがあったことがわかりますよね?私はこういった感情が、自分自身の歴史に対する感覚にとても近いものだと感じるのです」と、多様な観客に向かって、率直に語った。
■松下洸平「特別な悲劇ではなく、庶民の話」 長崎で得た実感
「小説以外にどのような資料を元に研究してキャラクターや物語をどのように構築したのか」という質問に対して広瀬は「私は考えて構えたり想像したりするとなかなか現場で止まってしまう時間がある人間なので、すごく今回も本当につかめなくて、台本を読んでリハーサルをする時間をたくさん設けていただいたんですけど、そのときに佐知子を演じた二階堂さんのせりふ回しを見て、そっちの方向に寄せていこうとか、現場で対面した時に相手の役者さんからもらえるもの、現場の環境からもらえるものを全部エネルギーにしている感じです」と素直に語った。
松下は「僕はこの作品をやる前に、舞台でこの長崎の原爆についての話をやったことがあったので、その時に多少当時の資料を見聞きする機会がありました。そして実際に長崎に行って被爆した方のお話を聞く機会もありました。先ほど監督もおっしゃっていましたけど、そういう方々が少なくなってきているなかで僕が感じたのは、これは特別な体験をした特別な人たちの話ではなくて、あくまでも庶民の話だということです。そこに生きる普通の人たち、普通の暮らしをしていた人たちが、当たり前の普通を失った。それでも生きていかなければいけない庶民の話。だから、特別な悲劇を押しつけるような作品ではないような気がしました。なので、あくまでも当時の日常にどのように溶け込むような二郎でいるべきか、そういう作品にすべきなのか、ということを考えていました」と長崎でのエピソードを披露するなど、役作りについて明かした。
最後に石川監督は「(本作は)私にとっては親や祖父母たちが本当に求めてきた新しい価値観についての話です。もちろん反核運動についてもそうですし、ジェンダーに関する取り組みや規制、多様性などすべてに関わっています。私にとっては非常に重要なテーマであり、特に現代では、その新しい価値観が少しずつ薄れてきているように感じます。だからこそ、私たちはそれらがどれほど大切なものだったかを改めて考える時だと思います」と語り、Q&Aを締めくくった。
■「日本だけでなく世界へ届けたい」 題材に込めた思い
公式上映後、取材に応じた3人は、「すごく温かく迎えてもらった感じがします」と石川監督。「Q&Aも初めてやったような気がするので、『こういう感想を持たれるんだ』というのをすごく興味深く聞いていました」と感想を語った。
初めてトロントに来たという広瀬も「人の温かさと、真っすぐ私たちのことを見て質問してくださる姿を見て、ちょっとゾクゾクしました」と語り、Q&Aで日本のイメージがストレートに伝わった質問を受けたと目を輝かせた。
松下は「暑すぎず寒すぎずベストなタイミング!」と過ごしやすいトロントが気に入ったようで、「(トロントには)映画や芸術というものにすごく関心がある方がたくさんいらっしゃるんだなと、すごく刺激になりました」と観客に対しても感謝の意を示した。
カンヌ国際映画祭、上海国際映画祭、トロント国際映画祭、そして10月にはロンドン映画祭も控えている本作。石川監督は「もともとこの(映画の)題材自体、始めたときからなるべく世界の人たちに届けたい、日本だけじゃないもうちょっと広がりのあるテーマをできないだろうかとすごく思っていたので、気持ち的にはもっともっと外に出てくれるといいなと思います」と素直な思いを明かした。
広瀬は「我々日本人にとって、長崎は長崎の話があって、沖縄の話があって、広島の話があって、一つ一つ形が違う歴史がある中で、長崎というものを舞台にした作品がどんなふうに(世界に)伝わるのかというのは、すごく気になります。映画というコンテンツを通して知ってもらえるきっかけになってほしい」と希望を込めて語った。
松下も「あの時あの当時生きていた人たちの想いみたいなものを、日本だけではなく世界の方々に届けることによって、改めて考えるきっかけ、知るきっかけをお届けできたらいいと思います」と話していた。