LINE Digital Frontier株式会社 代表取締役社長CEO・高橋将峰氏(高=はしごだか)
国内最大級のサービスへと成長した電子コミックサービス「LINEマンガ」。その運営元であるLINE Digital Frontier株式会社が、女子テニスの国際大会『東レ パン パシフィック オープンテニストーナメント 2025』への協賛を発表した。デジタルコミックの雄と伝統あるテニス大会。一見、異色の組み合わせの裏にある真意とは? ORICON NEWSでは同社代表取締役社長CEOの高橋将峰氏(高=はしごだか)に話を伺うと、短期的なビジネスリターンではない、「ジャンルの底上げ」と「後進育成」という、マンガ界とスポーツ界に通底する熱い想いが見えてきた。
【写真】大会を盛り上げる!アンバサダーの奈良くるみ&土居美咲
■「ビジネスを念頭に置いたものではない。“未来を創る”ことが共通項に」
LINEマンガとして初となるスポーツ事業への協賛。その意図を尋ねると、高橋CEOは「ビジネスを念頭に置いたものではない」と即答した。そこにあるのは、プラットフォーマーとして業界をけん引する立場から見据える、より大きな視座だった。
「マンガもスポーツも、子どもたちに夢を与える、人生においてとても大切なものだと思っています。我々は今、『マンガの未来を創る』というビジョンを掲げていますが、スポーツもまた同じように、人々の人生を豊かにする文化です。今回、40周年という記念すべき大会にお声がけいただき、スポーツとマンガは非常に近しいものだと改めて感じました」。
高橋CEOは、両者に共通する価値は「感動体験」であるという。心身を健やかに保ち、心を揺さぶる感動を与える。その本質的な役割が共通しているからこそ、数多くの名作スポーツマンガが生まれてきたのだと分析する。「各スポーツの台頭も国民的スター選手の出現に左右される。ブームに乗っかるのではなく、ムーブメントの土台作りにおいても、マンガが果たしてきた役割は大きいのでは?」と問うと、力強く頷いた。
「おっしゃる通りです。短期的な結果を前提とするのではなく、より影響力を高めるために互いに何をすべきか? その一つが、ジャンルを共に盛り上げていくこと。今回の協賛は、スポーツというジャンルにマンガ業界から恩返しが出来ないか? を模索していた我々にとってトライアルの第一歩となります。競技スポーツと具体的にコミュニケーションを育み、共に成長できるのかを模索していきたいです」
高橋CEOが語るように、マンガとスポーツはこれまでにも密接な関係を築き、枚挙に暇がないほどの不朽の名作を生み出してきた。ではなぜ、スポーツとマンガがこれほどまでに親和性が高いのか? これほどまでに魅了し続けるのか? その問いに、高橋CEOは自身の原体験を交えながら答える。
「ありふれていますが、私も『キャプテン翼』(集英社/1981年~)を読んで小学校3年生の時にサッカー部に入りました。ドンピシャ世代ですので(笑)。私と同じような動機でサッカーを始めた子どもたちが当時沢山いたんです。それが土台となり、後のJリーグ発足や世界的なスター選手の誕生に繋がった。一度、作者の高橋陽一先生にお会いする機会があり、『先生の作品を見てサッカー始めました』と直接お伝えできた時は、本当に嬉しかったですね」。
『キャプテン翼』が日本、ひいては世界のサッカー界に与えた影響は計り知れない。ジダン、デル・ピエロ、メッシといった世界のレジェンドたちが、同作への憧れを公言していることは有名な話だ。一つのマンガ作品が、国境や文化を越えてスター選手を育んできた。この事実こそが、マンガとスポーツの強固な結びつきを証明していると高橋CEOは語る。
「日本発のマンガがヨーロッパのスター選手を育んできたというのは、本当に誇るべきことだと思います。なぜこれほどまでに親和性が高いのか? ひとつには“熱量”を等価値で伝えられる点にあると思います。スポーツは、夢中になって選手としての研鑽を積み、負けて悔しくて、勝って感動する。そのプレイや喜怒哀楽を観て観客も熱狂する。その熱量を下げることなく、むしろ更なる拡大解釈を試みてマンガとして可視化する。その相乗効果は計り知れません」。
さらに高橋CEOは、スポーツマンガが持つ「擬似体験」の力にも言及する。読者はページをめくりながら、主人公の努力や葛藤、そして勝利の瞬間を自分事のように体験する。その感動こそが、多くの人々を惹きつけ、競技そのものへの興味を掻き立てる原動力となっているのだ。
「マンガにおけるフォーマットとして鉄板の『友情・努力・勝利』というテーマが、スポーツにはすべて詰まっています。テニスで言えば、松岡修造さんがウィンブルドン大会に『エースをねらえ!』(集英社)をバイブルとして持っていったという話もあります。マンガが人生の指針にさえなり得る。その力を我々は生業にしているわけです」
マンガがジャンルの活性化に果たす役割は大きい。だが、ムーブメントを持続させ、文化として根付かせるためには、マンガが生み出す熱狂を現実の世界へと繋ぐ存在が不可欠だ。高橋氏は「1人のプレーヤーがマーケットをガラリと変える」と、スター選手の重要性を強調する。
「野球における大谷翔平選手のように、1人のスターの登場がジャンル全体を大きく変える。これはスポーツ選手もマンガ家も同じです。我々が常に新しい才能、新しいヒット作を渇望するのと同じように、スポーツ界も次なるスターの誕生を待っている。その“才能の芽”をいかに育むか。それが我々プラットフォーマーの役割だと考えています」
テニス界に目を向けても、一時代を築いた錦織圭選手や大坂なおみ選手に続く、次世代の国民的スタープレーヤーの誕生が待たれている。10月に開催される『東レ パン パシフィック オープンテニス 2025』が次世代プレーヤー誕生の試金石となる大会になるかも知れない。
「例えば、我々が続けている『LINEマンガ インディーズ』というマンガ投稿サービスがあります。アマチュアの作家さんが、プロと同じ場所で多くの読者の目に触れる機会を得られる。実際にそこからアニメ化、映画化される作品も生まれています。才能あるクリエイターが挑戦できる道筋を作り、それを強化していくことが我々の責務です。今回の協賛も、テニスというジャンルで新たな才能が生まれる一助になれば、という想いが根底にあります」。
これは旧来の出版システムでは埋もれてしまったかもしれない才能を、デジタルの力で開花することができたという出版の変化でもある。雑誌という限られた枠がなくなり、ボーンデジタルの作品が多種多様なジャンルを生み出したように、才能が挑戦できる機会そのものを増やすことが、ジャンル全体の底上げに繋がると信じているのだ。
「電子コミックにおける最大の功績は、才能の芽を摘まずに広げられたことだ、と言っていただけることがありますが、それはクリエイターさんたちの才能の成果です。我々はプラットフォーマーとして、その後押しをさせて頂いただけ。これからもあらゆる形でクリエイターさんを支え、才能が輝くための環境を整えていきたい。その想いは、スポーツ界に対しても全く同じです」
同社が踏み出したスポーツ協賛という一歩は、単なる広告宣伝戦略ではない。それは、マンガというカルチャーに敬意を表してきたプラットフォーマーとしての矜持であり、未来への投資に他ならない。クリエイターを信じ、その才能が輝くための土壌を整える。その「クリエイターファースト」の哲学は、ジャンルの垣根を越えて通底する。
「我々が知っていて、世界がまだ知らないこと。それは、小さい頃にマンガを読んだ人は、大人になってもマンガを読み続けるということです。この日本のアドバンテージを、どう世界標準にしていくか。それが我々の挑戦です」。