「小川哲ショック」が生んだ『同志少女』 人気作家・小川哲×逢坂冬馬が明かす創作秘話

2025/10/09 11:30
「ハヤカワ新人賞出身作家対談」に登壇した作家・小川哲さん(左)、作家・逢坂冬馬さん(右)。 (C)oricon ME inc.
「ハヤカワ新人賞出身作家対談」に登壇した作家・小川哲さん(左)、作家・逢坂冬馬さん(右)。 (C)oricon ME inc.
 先ごろ、早川書房の創立80周年を記念する「ハヤカワまつり」が出版クラブビル(東京都千代田区)にて開催され、その掉尾を飾る企画として「ハヤカワ新人賞出身作家対談」が行われた。登壇したのは同世代の作家、小川哲さんと逢坂冬馬さん。互いの代表作や創作姿勢に触れながら、同時代を歩む作家としての影響や葛藤を率直に語り合い、会場を盛り上げた。

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■デビューの原点、戦略と偶然から始まった作家人生

 小川さんは2015年、『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。今年で作家生活10周年を迎える。もともと「職業小説家になりたかった」と振り返り、「当時は純文学とSFばかり読んでいましたが、純文学は競争が激しく職業作家として生き残るのは難しい。そこでSFで勝負しようと考えた」と語った。

 一方、逢坂さんは10年にわたる応募生活を経て、2021年に『同志少女、敵を撃て』で第11回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビュー。「早川書房の本が面白かったので海洋冒険小説を送ったところ、クリスティー賞に挑戦してみないかと勧められました。冒険小説も広義のミステリーと捉えていると聞き、意外に思いながらも挑戦を続け、受賞につながりました」と道のりを語った。

 小川さんは2作目『ゲームの王国』でポルポト時代のカンボジアを描き、山本周五郎賞を受賞。「既視感をどう避けるかを考え、誰も扱っていない題材を選んだ」と明かすと、逢坂さんは「この作品に“小川哲ショック”を受けた」と告白。デビュー作誕生の背景に大きな影響があったことを振り返った。

「当時まだ会社員で、出張中に読み始めたら止まらなくなり、仕事が手につきませんでした。小川さんは僕より1歳下なのに、こんな作品を書いてしまったと衝撃でした。そこで『じゃあ自分も誰も扱っていない題材を』と思い、独ソ戦に挑むきっかけになったんです。勝手にライバル視していましたね」と笑いを交えて語った。

■代表作から最新作へ 互いの作品をどう読むか

 話題は最新作へと移った。逢坂さんの『ブレイクショットの奇跡』は、今年3月に早川書房80周年記念作品として刊行され、山本周五郎賞および直木賞候補に名を連ねた。選考委員を務める小川さんは、この作品を「逢坂さんの3作の中で最も小説としての完成度が高い」と評価。「第2次世界大戦を続けて扱った作家が3作目でどんな題材を選ぶのか注目していたが、見事に予想を裏切られた。優しい眼差しと意地の悪さが同居していて、現代日本を舞台にしたからこそ可能になった。今年を代表するだけでなく作家のキャリアを象徴する作品になるだろう」と語った。

 同じく早川書房80周年記念作品として刊行される小川さんの『火星の女王』(10月22日発売)は、NHK放送100周年ドラマの原作にも採用されている。小川さんによれば「100年後の火星を舞台に、地球と火星の力関係が変化していく物語」とのことで、未来社会を背景に現代的な問題意識を浮かび上がらせた。逢坂さんは「テンポがよく、視点が切り替わっても混乱せず読める。ナショナリズムや帰属意識といった根源的な問いが軽やかに描かれ、読みやすさと思想性が両立している」と評し、「『地球に住んでいることの意味』を改めて考えさせられた」と述べた。

 互いの作品を称え合った2人は、最後に20年後の100周年を迎える早川書房への思いを語った。逢坂さんは「日本のSFやミステリー、翻訳文学に一貫して“早川らしさ”があるからこそ、僕らの世代の作家も育った。100周年の時もその場に立ち会える作家でありたい」とコメント。小川さんも「早川の本は常に新しい視点を与えてくれる存在だった。今後も読者に未知の世界を提示し続けてほしい」と期待を込めた。

 なお、対談の模様は早川書房の公式サイトで有料アーカイブ動画として公開されている。

(文・撮影/水野幸則)

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