松村北斗(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.
新海誠監督によるアニメーションの名作『秒速5センチメートル』が、18年の時を経てついに実写映画化。主人公・遠野貴樹を演じるのは、これが初の単独主演となる松村北斗。長く愛されてきた作品への憧れとプレッシャーを抱えながら、松村は“原作をなぞる”のではなく、“今を生きる人間”として貴樹に向き合った。撮影現場で感じた思い、奥山由之監督との信頼関係、そして俳優として見据えるこれから――。本作にかけた覚悟を、丁寧な言葉で語ってくれた。
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■実写版“貴樹”の作り方
――演じる上で、アニメ版をどう意識されましたか? 実写版ならではの表現や、監督と話し合った点などを教えてください。
【松村】基本的には“実写化”という言葉にふさわしいものにしたい、という気持ちが強かったです。チーム全体が原作に強い憧れを持っていたので、どうしてもアニメ版をなぞるような形で始まる部分はありました。
ただ、実際の風景の中で人が演じると、同じ場面を撮ろうとしてもまったく違うものになる。その違いをどう受け止めるかが大切だと思いました。憧れのままにアニメをなぞっても、それは本当の意味での再現にはならない。そのことを奥山監督も常に意識していて、僕たちを丁寧に導いてくれました。
■3つの時を“つなぐ”芝居――奥山監督の細やかな演出
――幼少期の貴樹(上田悠斗)、高校時代の貴樹(青木柚)、社会人になった貴樹(松村)を3人の俳優で演じました。それぞれのパートをどう意識して演じましたか?
【松村】これも原作が大きな助けになりましたし、3人の芝居をすべて把握している奥山監督が成長による変化を丁寧にコントロールしてくれたんだと思います。完成版を観たとき、社会人として落ち込んで別人のようになっていた貴樹が、最後には幼少期の彼と“ちゃんと地続き”に見えて、正直びっくりしました。あの一体感は、監督の繊細な演出あってこそだと思います。
■現場で感じた、共演者へのリスペクト
――他パートをご覧になって、印象に残った演技は?
【松村】柚くん(高校時代の貴樹役)は本当に素晴らしかったですね。原作で多くの人の心に残っている「コスモナウト」のパートを演じるというプレッシャーもあったと思うのですが、彼はその重圧を越えて、観る人が“また思いを馳せたくなるような”人物像を作り上げていました。幼少期を演じた悠斗くんも、明里と向かい合って話すシーンが本当に生き生きとしていて。あの場の空気や言葉のきらめきを、ちゃんと“体”で表現していました。
■奥山監督という“信頼の舵取り”
――奥山監督の現場で感じた魅力は?
【松村】撮影中に「これが奥山さんだな」と思った瞬間があって。あるシーンで監督が突然、「よし、いい感じだぞ」と言ったんです。その言葉そのものよりも、“現場にいながらそう感じて、それを口に出せる”ということがすごくいいなと思いました。うまくいかない時も焦らず、ちゃんと話を聞いてくれる。話し合いながら「ちょっと分からなくなってきた」と正直に言ってくれることもあって。奥山監督は、言葉にできない領域までも“感じ取って”導いてくれる人です。「いい感じだ」と思える瞬間を現場で生み出せる。それが奥山監督の才能だと思います。
■新海誠監督との再会
――完成後、新海監督ともお話されたそうですね。
【松村】はい。試写を一緒に観て、終わったあとに少し話しました。新海さんがその後に出されたコメントと、ほぼ同じ内容ですけれど、「自分の不完全だった作品が、実写化という形で救われたような気がする」とおっしゃっていました。そして、「北斗くんでよかった」と言ってくれて、本当にうれしかったです。プラネタリウムのシーンの長いせりふを特に褒めてくださって、「あの声がとてもいい」と言われたとき、ああ、やっぱり“声”なんだなって(笑)。でも、それが新海さんらしくてうれしかったです。
■プレッシャーとの向き合い方
――この作品には特別な思い入れを持つファンも多く、プレッシャーも大きかったのでは?
【松村】そうですね。気づかないうちに、自分で自分にプレッシャーをかけていたところがありました。これまでの作品とは違う種類の重さを感じていたんです。でも、奥山監督が焦らず、じっくり寄り添ってくださったおかげで、少しずつ“いまこの瞬間”に集中できるようになりました。
最初にお話をいただいたとき、企画書を見た瞬間に「やります!」と言いたくなるほど胸が高鳴ったんです。でも同時に、「自分よりもずっとこの作品に思いを持っている人たちがたくさんいる」と思ったら、怖くなって。軽い気持ちで引き受けてはいけないと感じました。ちゃんと考えたうえで覚悟を持って臨もう――そう思って。答えは「やります!」なんだけど、一歩踏みとどまったというか、踏み止まざるを得なかったというか。ただ、奥山監督と初めてお会いしたときに、「今すぐ決めなくていいですよ」と言ってくださったんです。その丁寧な姿勢や考え方に信頼を感じて、「この人となら飛び込める」と思えました。
■「魔法をかけられている感覚」――俳優としての現在地
――『夜明けのすべて』(2024年)、『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)など、俳優としての評価も高まっています。ご自身ではどう感じていますか?
【松村】正直、自分はまだ“未熟”だと思っています。作品が評価されるたびに、「監督やスタッフの力って本当にすごいな」と感じます。僕自身が名作を生み出せる人間かといえば、そうではない。でも、そんな自分を信じて、引き出してくれる監督たちがいる。その力に支えられて、ここまでやってこられている感覚があります。「いつになったら自分ひとりで芝居ができるようになるんだろう」と思うこともあります。出演作を振り返ると、本当に素晴らしい人たちに囲まれてきたなと思うんです。僕はまだ“魔法をかけてもらっている側”なんだと感じるんです。それをどうやったら自分でできるのか、探している途中です。