松村北斗の“迷いながら生きる”誠実さに貴樹を見た――奥山由之監督が語る実写版『秒速5センチメートル』

2025/10/23 12:30
映画『秒速5センチメートル』奥山由之監督 (C)ORICON NewS inc.
映画『秒速5センチメートル』奥山由之監督 (C)ORICON NewS inc.
 新海誠監督の名作アニメーション『秒速5センチメートル』(2007年)が、実写映画化。少年少女の出会いと別れ、その後の人生を静かに見つめた原作を、現代の視点から繊細に再構築した実写版の監督を務めたのは、映画『アット・ザ・ベンチ』や米津玄師「KICK BACK」「感電」のミュージックビデオなどで知られる映像監督・写真家の奥山由之。「誰もが人生のどこかで抱える不安や喪失を、優しく受け止めるような映画にしたかった」と語る奥山監督に、作品に込めた想いを聞いた。

【画像】映画『秒速5センチメートル』場面写真

■ 同じ年代にしか描けない迷いがあると思った

――実写版の監督を引き受けた決め手は何だったのでしょうか。

【奥山】原作には、30歳前後という“人生の節目”に立つ主人公・貴樹の姿が描かれています。これからの未来への不安と、取り戻せない過去への未練のあいだで揺れる時期。どこか満たされない感情を抱えながら、それでも生きていく。僕はこの作品に、そんな30代の現実があると感じました。

 新海誠さんが『秒速5センチメートル』を制作されたのが33歳の頃で、ご自身の迷いや焦燥を作品に託されたのではないかと感じています。僕がこの作品のオファーをいただいたのも33歳。貴樹や新海さんが抱いたであろう“30代特有の揺らぎ”を、まさに実感しているタイミングでした。だからこそ「今の自分が描く意義がある」と思えたことが、一番大きな決め手でした。

■ 知らなかった感情に出会えた2年間

――昨年公開され、ロングランヒットを記録した自主映画『アット・ザ・ベンチ』の制作時期と重なっていたそうですね。

【奥山】はい、少し重なっていました。映画づくりは自分にとってまったく新しい挑戦で、右も左も分からない状態からのスタートでした。その上2本をほぼ同時期に進めていたので、正直とても大変でした。

 ただ、映画は本当に多くの人の力で成り立つものです。どちらの現場もチーム全員が誠実に、そして切実に作品に向き合ってくれました。その真剣さに支えられて、なんとか最後までやり切ることができました。本当に感謝しています。

 制作の中では、想像もしなかったような瞬間に立ち会うこともあり、“知らなかった感情”に出会う2年間でした。自分にとっても特別な時間だったと思います。

■ 松村北斗に重ねた、貴樹という“迷う大人”の姿

――大人になった貴樹を演じた松村北斗さんには、どんな印象を持ちましたか?

【奥山】貴樹という人物は、幼いころから転校を繰り返し、「ずっとここにはいられない」という喪失の予感を抱えながら生きてきた人です。そのせいか、どこかに“本当の居場所”があると信じながらも、それを見つけられないまま、常に“心のよりどころ”を探しているようなところがある。

 松村さんに初めてお会いしたとき、その“迷いながら人と向き合う姿勢”がとても印象的でした。その場の感情をすぐ言葉にせず、一度自分の中で考え、納得してから話す。そういう慎重さと誠実さがある。繊細な間の取り方や、感情をためて表現するところに、貴樹と通じるものを感じました。彼が演じたことで、貴樹というキャラクターがより立体的になり、人間としての奥行きが増したと思います。

■ “濃縮還元”のような不思議な体験

――実写化にあたり、アニメ版の再現にこだわった部分はありますか?

【奥山】もちろんです。アニメーションで描くというのは、想像を超えるほどの労力と意識の積み重ねです。だからこそ、その世界に敬意を払い、できる限り同じ構図や光の角度で再現するよう心がけました。桜の散り方や夕日の傾き、雲の流れ――どれも偶然ではなく、意図を持って描かれている。新海さんが一枚一枚に込めた思いを汲み取るために、何度もアニメを見返し、インタビューも読み込みました。

 実際の撮影では、計算では生み出せない奇跡のような瞬間にも何度も出会いました。CGを使わなくても、まるでアニメと同じ“空”が広がったり、似た光が差し込んだり。まるであの世界が現実の中に立ち上がるような感覚でした。アニメで描かれた風景を、再び現実の映像として撮る。それはまさに“濃縮還元”のような、不思議で豊かな体験でした。

■ 不安を抱える人の背中を、そっと押せるように

――監督にとって、この作品はどんな意味を持ちましたか?

【奥山】30代という、不安や焦燥を抱える年代でこの作品を撮れたことは、すごく大きかったです。撮り終えた今は、ほんの少し前に進めたような感覚があります。仕事としてだけでなく、人としても成長させてもらえたと思っています。

 この映画を観た方が、「生きていると色々あるけれど、大丈夫」と感じてもらえたらうれしいです。映画館という空間で、悩みや迷いを抱える人の背中に、そっと手を添えるような時間を届けられたなら、それが一番の喜びです。

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