「馬毛島にはもっと価値がある」 自衛隊基地建設が進む中、元島民の男性が防衛省の買収打診を断った思いとは

 2023/05/29 08:27
馬毛島
馬毛島
 鹿児島県西之表市馬毛島への米軍機訓練移転を伴う自衛隊基地整備は着工から4カ月が過ぎた。防衛省は既に島の9割を取得しているが、民有地もわずかに残る。その1カ所を持つ元住民で会社代表の森勝幸さん(66)=東京都=は、防衛省から買収を打診されたものの応じていない。「馬毛島は生まれ育ったふるさと。簡単に売ることはできない」。急速な事業の進捗(しんちょく)に複雑な思いを抱える。

 土地の広さは約6600平方メートル。登記上の名義は西之表市に住む姉になっている。基地の施設配置図と照らした場合、駐機場などが整備される場所に当たるとみられる。防衛省が1月に公告した環境影響評価(アセスメント)評価書では、その部分だけ白抜きされているのが分かる。

 森さんによると、防衛省は土地を約2800万円で購入する意向を示したが、「馬毛島にはもっと価値がある」と応じなかった。

 価格面以外の理由もある。「基地整備に伴う交付金で、種子島の課題をどう解決し、どんな未来を描いていくのかが見えない」という。「国は外堀を埋め、お金をぶら下げているだけ。得をする人と、負担だけが増える人の格差や分断も広がるのでは」と懸念する。

 5人きょうだいの末っ子として生まれ、馬毛島の小中学校に通った。最盛期に113世帯528人が暮らした島は自家発電だった。家で電気が使えるのは日没後の3時間だけ。その後はろうそくやランプで勉強した。「何もないけど、不便とは思わなかった」。皆で助け合い、穏やかだった。

 土地は父が友人に頼まれて買い、幼い森さんも一緒に耕して水田にした。西之表に移ることになってもその土地を売らなかった父は、引っ越しを前に漁船の転覆事故で亡くなった。「一緒に汗を流したこの土地は父の墓だと思っている」

 2016年12月、農園として整備しようとバナナの苗木を植えた。その3年後に、国は島の約99%を所有する会社と約160億円で売買に合意。基地整備に反対の姿勢を示していた西之表市の八板俊輔市長も22年、馬毛島内の旧小中学校跡地の売却と3市道廃止を決めた。森さんや家族は、自分の土地に自由に立ち入ったり様子を見たりすることができていないのが現状だ。

 「国が進めていること。種子島の事情も理解している」とする森さんは、「地元行政が目先のお金に飛びついてしまった。着工前にもっと備え考える時間が必要だった」と悔しさをにじませる。土地について「基地整備を巡る情報は市議たちでさえ得にくいと聞く。工事の状況や基地運用の動きをチェックし、地元に伝えるような活用の可能性はあるのかもしれない」と話した。

 島の土地の個人所有者は森さんを含め複数人いる。防衛省は「より安定的に運用できるよう、今後も全ての土地の取得を目指す方針は変わらない」としている。