地元漁師の証言を基に独自調査を続けてきた「種子島Sea-Mail」のメンバー=西之表市国上沖
鹿児島県西之表市国上の喜志鹿崎(きしがさき)沖で進む旧日本海軍の九七式艦上攻撃機(九七艦攻)の遺骨調査。漁師の証言を基に2015年秋に沈没機を捜し当てた地元のダイビングショップ経営林哲郎さん(74)の執念が国を動かした。「英霊を遺族の下に帰したい」。林さんの強い思いに共感する若手インストラクター3人もチームに加わり、遺骨収集に取り組む。
日本戦没者遺骨収集推進協会などのチームは20日、砂地に裏返った状態で沈む操縦席付近の砂を取り除いた。同市西之表のダイビングショップ「種子島Sea-Mail」代表の林さんは「操縦席の状態が明らかになりつつある。ようやく本格的に遺骨の捜索が始まった思い」と語った。
林さんにとって遺骨の捜索は初めてではない。若い頃にダイビングで通った南太平洋の島々で取り組んだ経験がある。「無念の死を数多く見てきた。ダイバーだからできる慰霊もあるはずだ」
九七艦攻が沈む場所は水深18メートルで潮流が速い。「1人で活動するには危険」という。手弁当の独自調査を支えてきたのは、自身が潜水技術を仕込んだ3人の教え子。いつも傍らに付き添っていた。
インストラクターとして働く岩野由香里さん(36)=北海道出身=と下村健一さん(34)=西之表市出身、空美佐さん(47)=兵庫県出身。「林さんの思いを何とか実現したい。執念だね」と口をそろえる。
岩野さんは機体の発見に立ち会い、機種特定の手がかりになるエンジンの冷却装置を見つけた。「神戸日東航空機器株式會社」と掘られた金属製の板が付いていた。その後も操縦かんの一部、魚雷を固定する部品などの発見が相次いだ。
遺骨が未確認ながら機体引き揚げも予定する大規模調査。ただ堆積した砂の除去は困難を極め、機体回収は22日以降にずれ込む見通し。「遺骨があるなら早く古里に帰してあげたい」と下村さん。気象条件にも左右され、残された時間は限られている。