インタビューに、熱を込めて答える稲盛和夫・京セラ名誉会長=2013年11月、鹿児島市
2022年も残りわずか。今年は世界的企業を育んだ鹿児島市出身のカリスマが亡くなり、芸能、文化などの分野で活躍した鹿児島県出身者たちも世を去った。それぞれの生きざまに思いをはせ、墓碑銘をまとめる。(敬称略。年齢の次は死去または死亡確認の月日)
●日本を代表する経営者/稲盛和夫
日本を代表する経営者、稲盛和夫(90歳、8.24)は鹿児島市に生まれ、鹿児島大学を卒業。1959年に京都セラミック(京セラの前身)を設立し、自ら編み出したアメーバ経営とフィロソフィー(経営哲学)で京セラを世界的企業に育てた。電気通信事業自由化を受け、84年に第二電電企画(現KDDI)創業。2010年に日本航空会長に就任し、わずか3年で経営再建を果たした。京都賞創設、経営者を育てる盛和塾など社会、文化への貢献は大きい。19年名誉県民。
薩摩焼の発展に尽力した日置市の苗代川焼薩摩焼窯元の荒木幹二郎(92歳、7.2)は、400年を超す伝統を守りつつ、新しい表現を追求。薩摩焼伝統工芸士会会長も務め、2006年には「現代の名工」に選ばれた。
洋画家の文田哲雄(88歳、12.12)は海老原喜之助や吉井淳二らの薫陶を受け、一貫して女性美を表現し続けた。二科会常務理事、鹿児島市立美術館長などを歴任し、後進の育成に力を入れた。
作曲家、安藤実親(90歳、5.6)は鹿児島市出身。舟木一夫が歌う「銭形平次」は、ドラマの主題歌として長く茶の間に親しまれた。イラストレーター唐仁原教久(71歳、7.6)は、温かなタッチの挿絵で知られ、装丁や広告ポスターなど幅広く手がけた。薩摩川内市祁答院出身。
鹿児島市のイラストレーター岩崎麻里子(39歳、10.24)は、車いすの女性3人組「トリプル☆リー」の一員として本紙に「GO!HI! ゴーハイ的合理的配慮な日常」を連載した。さつま町の綱紀栄泉(本名坂口綱紀、86歳、3.14)は毛筆フォントを手書きで57種40万字制作。大ヒットアニメ「鬼滅の刃」にも使われた。
民俗学に大きな足跡を残した下野敏見(92歳、3.10)は高校教諭として赴任した種子島で研究を開始。県本土から奄美、沖縄、アジアへと対象を広げ、精力的な執筆や講演を続けた。「与論民具館(現・与論民俗村)」を開いた菊千代(94歳、1.19)は、芭蕉布など与論島の文化継承に尽力、方言辞典も刊行した。
伊佐市出身の上村好男(88歳、10.5)は、胎児性水俣病患者の父親で、水俣病第1次訴訟に原告として参加。患者団体「水俣病互助会」の会長を務め、被害者救済に力を尽くした。
山形屋社主の岩元恭一(83歳、9.11)は鹿児島市の中心市街地活性化に力を注ぎ、ドルフィンポート開業の道筋をつけた。65歳以上の雇用制度も県内でいち早く導入した。県経営者協会会長などを務めた中川運輸会長の吉冨信雄(84歳、1.11)は野球人としても知られた。
種雄牛生産の上別府和美(74歳、11.12)は肉用牛振興に尽力。元加根又本店社長の菅唯志(80歳、1.5)、山佐木材会長の佐々木幸久(76歳、9.19)、なべしまホールディングス会長の山口悟(80歳・11.11)も泉下の人となった。
副知事として2人の知事を支えた今吉弘(90歳、4.24)や、元県議会議長の池畑憲一(75歳、6.28)、元加世田市長の吉峯良二(94歳、5.7)、元枕崎市長の神園征(78歳、7.31)も旅立った。
●歌謡界の「御三家」/西郷輝彦
歌手・俳優として活躍した西郷輝彦(本名今川盛揮=せいき=、75歳、2.20)は鹿児島市出身。1964年2月、「君だけを」でレコードデビューし、同年の日本レコード大賞新人賞。「星のフラメンコ」などをヒットさせ、橋幸夫、舟木一夫とともに歌謡界の「御三家」と呼ばれた。73~77年にドラマ「どてらい男(ヤツ)」に主演し、時代劇「江戸を斬る」でも人気を博した。90年に舞台で菊田一夫演劇賞受賞。故郷への思いは強く、義援活動に熱心だった。
●行司の最高位襲名/山崎敏廣
枕崎市出身で大相撲の元立行司、第36代木村庄之助の山崎敏廣(74歳、11.23)は、歴代の中でも勝負の見極めや、所作の美しさが高い評価を得た。1964年夏場所で井筒部屋から初土俵。2011年九州場所で行司の最高位、木村庄之助を襲名した。13年夏場所の定年まで49年間、一度も休場がなかった。達筆で知られ、番付表の書き手も長く務めた。JR枕崎駅舎の駅名看板も揮毫した。