22歳で戦死した中島富士子さんの兄の永尾博さん
終戦から77年を迎えた15日、鹿児島県内各地で戦没者の慰霊祭が開かれた。霧島市溝辺の「バレルバレープラハ&GEN」では、海軍航空隊第二国分基地から出撃した特攻隊員を追悼する「十三塚原特別攻撃隊慰霊祭」があり、約60人が冥福と平和を祈った。
慰霊碑前で神事があり、1人ずつ献花した。中学生による隊員の遺書の奉読や野太刀自顕流の奉納もあった。
22歳で出撃した永尾博さんの妹、中島富士子さん(77)=福岡市=は「3年ぶりに参列できて、心が洗われるようだ。今後も慰霊を続けてほしい」と話した。
河内源一郎商店の山元正博会長(72)が敷地内に基地の壕(ごう)を発見したのを機に、1999年から続ける。郷土誌によると、第二国分基地からは147人が出撃したとされる。