僕には六つ上の兄がいる。兄はインドア派で漫画とゲーム好きだった。六つも歳が離れている事もあり兄は僕を溺愛していて、何をする時も一緒だった。「ファミコン」もするし、漫画も読んでくれたし、毎日お風呂も一緒に入っていた。学校のない土日も、学校の友達ではなく僕と一日中一緒に遊んでくれた。
一度だけ激怒させてしまった事がある。兄が読んでくれる漫画の新刊を、兄が買ってくるのを待ちきれない僕が、先に買ってしまったのだ。そんな事を知る由もない兄は、新刊を買い、意気揚々と帰ってきた。新刊の発売日は決まっていつもより早く帰ってくる兄。おそらく溺愛する弟を一刻も早く喜ばせたかったのだと思う。
「ただいま~。サトル(僕の名)新刊出てたよ。一緒読むが~」
「もう読んだよ~」
「…なんでよおおおおお!」
「買ったがよ」
「なんしちょっとよ! 2冊もいらんどが!」
「ごめん。我慢できなかった」
「ならもう次からは、サトルにお金渡すから買って先に読んでていいよ! 絶対自分のお金で買うなよ!」
優しい兄が僕も大好きだった。
兄が高校生になった時、池崎兄弟の平和を乱す者が現れた事がある。その名も「どうする君」。思春期になった兄が、柄にもなくテニス部に入ってできた新しい友達みたいで、いわゆるイケてるタイプ。
どうする君は土日に毎週のように池崎家に遊びに来るようになった。土日は池崎兄弟にとっては思う存分ゲームができる至福の時間。しかし、どうする君の出現で一変した。
どうする君は一緒にゲームをしていると、どうする?どうする?と事あるごとに聞いてくる。シューティングゲームをしていると「今リセットボタン押したらどうする?」。対戦ゲームで僕が勝ちそうになると「今コントローラーかみちぎったらどうする?」。推理ゲームのエンディングが近づくと「今俺が犯人教えたらどうする?」
やめてくれ、としか言いようがない。土日はどうする地獄になった。僕ら兄弟は話し合い、居留守をする事に決めた。遊びに来られると断れない優しい兄にはその方法しかなかった。
ドンドンドン!
「いるんでしょ? 遊ぶが?」
「……」
「本当はいるんでしょ?」
「……」
「窓割って入ったらどうする?」
もはや恐怖でしかない。それでも辛抱強く僕らは土日は居留守を続けた。
そんなある日、僕らがお昼ご飯にインスタント麺を作っている時にどうする君は現れた。完全に油断していた。玄関の擦(す)りガラス越しに姿を見られている。万事休す。玄関がゆっくり開く。ガラガラガラガラ。
「何してんの? 一緒に遊ぶが?」
どうする? どうする? 今までの居留守も気付かれてた? また地獄が繰り返されるの? いやだ。泣きそうになる僕を見て、兄は驚くべき事を僕に言った。
「窓から逃げよう!」
嘘でしょ? ここ自分ちなんだけど。兄は力強く僕の手を引き一緒に窓から飛び出した。遠くからどうする君の声が聞こえる。
「おーい。どこいくの? このラーメン俺が食べたらどうする?」
兄は答えた。
「全部食べていいよー!」
弟にも、どうする君にも優しくした結果、奇行に走る兄が僕は大好きだ。